Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

月はチーズで

 とにかくフランスで夜見る月の大きさと近さにはビックリしてしまう。実は映画のセットで、30秒ぐらいしたら「カット!」の声が聞こえてきたりして。大道具さんや美術さんがバタバタっと走り出てきて、位置や傾き加減を動かしたり、色が若干剥げてしまっている部分なんかを手早く直しはじめるんじゃないか――トリュフォーの「アメリカの夜」の場面が頭に浮かぶ。今夜も図書館からの帰り道(22時頃)建物と建物の間にしかと挟まっている月をまじまじと眺めた。浮かんでいる、のでなくそこに、確実に居場所をぶんどって「どう?こんなもんで」と存在を証明しているとしか思えない。こちらがうっかり眼をそらせたらぐんぐん迫ってくるのでは、と思わされる。ボクシングはしたことはないが、瞬間的に同じような空気が両者の間に流れているように思う。先に眼をそらした方が負け。それでいつまでも、その場に足を止めて立ちすくんでいることになる。色も、日本でみるそれよりもっと濃く深い黄色だ。色辞典を参考に、例えばカスティール・ゴールドとか、カナリーの中間あたり。日本の伝統色で例えると、タンポポ色をもっと強くした感じに近い。とにかく「濃い~」ののだ。プラス、でかく、近い。ウサギのことも団子のことも、すっかり忘れてしまうほどに圧倒される。そこには日本的情緒のかけらもない。まさか、同じ地球という惑星上なのだから、どこで見たって月との距離は基本的にはそう変わらないはずだ。北米で見るとバレーボール大だが、アイスランドのあたりで見たら象の眼球ほどの大きさしかなかった、とか。人類は僅か数十年前にちょろっと表面を歩いただけだから、月には、まだまだ不思議な秘密が隠されているのかも知れない。

 「月はチーズで出来ている」とは、フランスに限らず、欧米で広く言われている。言いだしっぺはジョン・ヘイウッドさんという英国の劇作家らしい。(1546年)2000年半ば、月を構成する石の密度(圧縮率)を測ったところ、地球上の物体で唯一数値が合致する物質が、チーズだったとか。NASAがエイプリルフールのジョークで発表したのも有名ですね。(2006年)

 私がこの言葉を聞いたのは小学校二年生の10月、担任の先生が病気で入院してしまい、その間、たった一カ月間だけ来てくれた、代理の先生だった。O村先生という、今で言うなら嘱託みたいな感じの、小柄で品のいい白髪のおばあちゃん先生。それまでの担任は、三十前後のまだ若い部類に入る女性の先生だった。スパルタ式で、厳しく生徒を罰した。私も一度か二度、皆の前でひっぱたかれたりお尻をつねられたことがある。確か宿題をやってくる場所を間違えたとか、連絡ノートを忘れたとか、そんなようなことだ。殆ど笑い顔を見たことがなかった。だから、0村先生が来てくれた時、我々一同、ほんとうに「ほっ」としてしまったのだ。病気の先生には悪いと思うけど。それでいつまでもせめて二年生が終わるまで、いてくれたらいいのにねってみんな言ってた。やがて一か月が過ぎ、O村先生が去りゆく日には、クラス中の男子も女子も、全員が声を上げて泣いた。一人残らずだ。私は小学校時代を通じて、学校で泣いた記憶というのが思い出せないのだけれど、たぶん周囲につられてちょちょぎれる程度には涙を流したのだろう。いじめっこ大将として君臨していたボスも、その子分たちも、みんなわあわあ泣いた。

 理由は各々にあり、今となっては思いだすこともない。ただ私が仮にその時泣いたとすれば、それはひとつに、O村先生が授業中ある「秘密」を打ち明けてくれたからだと思う。

 国語だったか、理科なのか社会なのか、まさか算数ではなさそうだけれど何の授業中だったかは思いだせない。あるとき先生は授業中「実はね、先生とっても大事にしている秘密があるの」と言った。「みんなはもしかしたら、まだ知らないかも知れないけれど・・・お月さまはね、大きなチーズで出来ているの」うそだぁ、とか何で知ってるんだよ、と言った然るべきヤジは当然クラスの誰かが飛ばしただろうと思う。何しろこちらは小学2年生だ。ところが先生は微動だにせず、「ほんとうよ。証拠だってあるんだから」と言って、大きな袋を持ってきた。そこから出てきたのは、先生の両手で、胸にひと抱えほどの、でっかい、丸いチーズだった。息を飲んで見入っている我々に、先生はナイフというよりは包丁ほどの刃物を取り出してざっくざっくと切り分けて、ひとかけらずつ、全員に行き渡らせるよう配った。どんな味だったかは言葉で蘇らせることができるほどには思いだせない。ただ私にとっては初めて口にする物体であり、こんなものをどうやって先生は手に入れたのか、月に行ったことがあるのか、あるいは行った人が現地で掘ってきた月のかけらであるチーズをお土産としてもらったのか、そのところの入手経路が定かではなかった。ただただ「月はこんなチーズで出来ているんだ、ほんとうなんだ」という思いが我々に正しくインプットされた。

 それから二十年近くたって、私は春のオランダで「それ」を見た。4月も終わりの金曜日、アルクマールという小さな都市で行われている「チーズマーケット」である。4月上旬から9月まで毎週金曜の午前にアトラクションさながら、チーズが取引される様子が公開される。約2000個のチーズが運搬員の男たちによってえっさ、ほいっさとテンポよく運ばれ、投げる人、重量をはかる人、など映画一本分以上の面白さとドラマがある。もちろん、オランダを代表する「ゴーダ」チーズだと思うのだが、その数、何十種。露天にも沢山の店が並び、いろんな種類の国産チーズを売っていた。月のことなど多分その時に思い出しもしなかったのだが、今になって、アルクマールで売られていたチーズそっくりの濃い月を見上げ、ふと、そのたった一か月を我々と過ごしてくれた、おばあちゃん先生の微笑みが思い出される。

 「スパルタ」で思いだしたのだけれど、(これは古代ギリシャのドーリス人による都市国家だ。『スパルタ教育』はもちろんここで行われていた厳格な教育から来ていることは、既にご存じですね)アリスタイオスさんって知っていますか?ギリシャにはじめてチーズと養蜂をもたらしたギリシャ神話の神様。ゼウスとかアポロンと並ぶ偉大な神様なのに、彼の顔はすぐに思い浮かばない。と思ったら、ルーブル美術館に、ちゃんといた。こんにち、チーズの世界消費量一番は当然フランスだと思っていたら、なんとギリシャだった。年間一人当たり20キロを食べるらしい。ギリシャには「feta」という白っぽいモッツアレラに似た羊、山羊のチーズがあある。食塩中で熟成させるから結構塩っぽく、ねっとりとしていてサラダに合う。

 実はフェタで出来ているんです・・・なんておっぱいがあったら、いいですよね。爽やかで、初夏におすすめです。

 

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