Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

パリで健康診断も楽じゃない(2)検査編 

 翌朝一番、9時の予約で向かったのが胸部レントゲン。ラボは小さいがとても近代的な設備だ。白で統一された内部に、北欧風デザインの赤い椅子がランダムにおかれている。受付のお姉さんたちは真っ赤な制服を来て(どうして赤なのだろう)きびきびと担当患者をさばいていく。フランスで、このように確固たる職業意識の感じられる風景を見たのは、正直初めてだ。

 登録を済ませると、各自ファイルをもって一旦建物を出て、隣の検査室へ行く。再び受付を済ませると、待合室のテレビの大画面で、日本でいう「はなまる」みたいな朝の情報番組をやっている。「ああ、フランスにいるってこういうことか」とふと思う。朝からレントゲン撮影のためだけにレントゲン撮影の施設に行き、待合室で流れるテレビには、フランスの風景やニュース室の男女が映し出される。もちろん、語学学校で書き取り練習のため聞くような、わざとらしいフランス語じゃなく、機関銃スピードの会話が延々と流れ続ける。日本でどんなに頑張って外国語を習得しようとしても、日常生活内には限界がある。日本の病院の待合室には、日本語の週刊誌が積み上げられ、テレビから聞こえてくるのも今のところ日本語が大多数だ。ノーマルな外国語の会話が「嫌でも」入ってくるシュチュエーションはどうしたって限界がある。

 検査の建物は男女別のはずが、奥に季節外れのサーファーみたいな、日に焼けたジーンズ姿の兄ちゃんが居る。髪は金色に近く(あ、それはフランス人だからか)潮風の香りを漂わせながら(注:筆者の脳内イメージによるところが大きい)受付の女性のところへやってきて談笑している。しばらくして検査室に入る。日本のように着替えの衣装などある訳もない。上半身裸のまま機械にへばりつく。「吸って~(レ~スピレ~)、ハイ止めてっ(ブロケッ)」という一連の流れを、英語でなくフランス語で行うのはエキサイティングな体験である。もう一回やりたいかというとそこまで積極的に得るべき教訓はない。日本で経験したことのない、おそらく今後もあまり出会う可能性の少ない出来事、というレベルにしか過ぎないが、まあ考察すべき点は多い。再び待合室で「仏版はなまる」の続きを見て、今度は診察室へ呼ばれると、さっきのサーファー兄ちゃんがレントゲン写真を眺めながら座っていた。「ニホンジンネ。僕オキナワ行ったことあるよ」――海の男であろうと踏んだ私の感は当たらずとも遠からず。医者の衣装はないのか?

 私の肺の形はとってもきれいらしい。日本でも医者などめったに行かない私だが、それでも過去、胸部レントゲンを取る機会は何度かあった。その度「ほお~、すごくきれいな形をしていますねぇ」「あ、教科書とおんなじだ」と、違う土地の違う医師たちから、複数回に渡って同じセリフを聞かされ、素人の当人ですら「そうか、そんなに私の胸部は模範的形状を呈しているのか」と思った。女は見てくれでなく胸で選べ。いや、大きさじゃなくて。パリのサーファーあんちゃんですら、一言付け加えるのを忘れなかったのだ。「何の問題もナシ。ってか、君、レントゲンでみると、標本みたいにきれいだね」――私の胸部は、インターナショナルに通用するのだ。

 レントゲン写真を抱えてバスで次の血液検査ラボへ向かう。物事がひとつ順調に片付けば、次はその反対というのが常である。入るなり、ガムをくちゃくちゃ噛んだ受付女性が二人「あ~、かったるう~い」と無気力そうな顔で座っている。私が入ってもちらりとも見ず、おお、これぞフランスじゃないかと私もようやく気を引き締め直す。今までがうまく行きすぎたのだ。店でも何でも、踏み込んだ時の予感は、特にそれが嫌なものだと確実に当たる。「え~、血液検査ぁ~、確かにここ、ラボだけどぉ~、あ、日本人?パスポート見せて」君は田舎のヤンキ―娘か。私は処方箋を渡し、検査必要項目の全てができるか、日数と費用をまず初めに教えてくれと聞いた。「そんなのアタシ、分かんな~い。100とか200(€)とかかかると思うけど~(ガムくちゃくちゃ)やるの、やらないの?」さすがフランス人、これで平均と心しなくては何も進まない。

私:「100と200じゃ全然違う。まずこの処方箋にある項目を、君の目の前にある頭脳(パソコン)に入力して、検査費用総額を試算しなさい」 受付嬢:「え~、費用前払いだかんね。お金もらわなきゃ、仕事しないもん」 私:「だから聞いている。総額が分からなければ、払うものも払えない」 受付嬢:「じゃあだいたい200ぐらいにしとく」

 こら。いつの時代の、どの国だ。アンダーテーブルが必要?単に私は舐められているのか。パスポートを返せ、と言うと、この近距離で(計算済みか)手裏剣のごとく投げてよこした。それは私の美しい胸部を直撃し、床に音を立てて落ちた。彼女は生理二日目のダークな朝だったのかもしれない。あるいは重症のニコチン中毒のためノンスモーカーの彼氏と破局間際で、治療によりすごく機嫌が悪いのかもしれない。別のラボへ行く、処方箋を返せというとそんなもの知らない、という。これにはあきれ返った。

「おい、食ったのか!?」さすがに私が声を荒らげ、身を乗り出して彼女のカウンターの上をまさぐると、ようやく中から主治医らしき男性がやってきた。その間、2人いた同僚たちは知らんふり)彼女の足元のゴミ箱からは、ぐちゃぐちゃに丸められ、ガムが包まれた無残な処方箋が発見された。まあこんなときでも決して謝らないのが彼らである。私は今から行くので、近くの「まともな」ラボを紹介しろ、とその男性に迫った。いちいち住処に戻ってネット検索するのも面倒だ。するとサン・ジョセフ病院じゃないかな、とのこと。私が手持ちのミニ地図を広げると、ああ確かに14区の果てSaint Josephという広大な敷地が存在する。これだ。そこで私はどういうふうに行けばいいのか訊ねた。歩くとちょっと距離がありそうだ。いったんオルレアンまで戻って、トラムT3に乗った方が早いかもしれない。するとその時、私の背後から「バス62番」という女の声が聞こえた。最初は気づかなかった、でもあれ、いま「ろくじゅう・に」って、それ日本語じゃ・・・。振り返ると、黒いコートを軽やかにまとった白髪のおばあさんが立ってこちらを見つめており、「バスがあります、ろくじゅうにばんです」と、正しい発音の日本語でもう一度繰り返した。

 「ニホンジン、ですネ」 私の赤いパスポートから分かったのだろう。一部始終を見られていたわけか。おばあさんは言った。「私の、ここでの用事は、終わりました。バスまで、私と一緒に、行きましょう」 完璧な日本語である。私のフランス語と比べ物にならないほどの上手さだ。彼女はたった今、会計を済ませたというように、ハンドバッグの口を閉めながら、さあ、と私を外へ促した。病院を教えてくれた主治医への挨拶もそこそこに、私は彼女を追って外へ出た。

 「ここは、日本とは違います。彼女は若いでしょう。ですから、頭、悪いです」 そう言われるとこちらも返す言葉がない。「有難うございます。日本語がとてもお上手です。驚きました」と私は言った。――私はフランス人ですが、そう前置きした上で彼女は「日本には40年、住んでいましたから」と言った。「そうですか。私はまだ、こちらに十カ月です。あなたのようには、うまく気持ちを伝えることができません」「大丈夫です。大変ですが、生きていれば、何とかなります」

 その時我々の後ろから、乗るべき62番のバスが来た。「さあ、早く乗って下さい」と彼女は私を促した。「有難うございます」駆けだそうとする私に、彼女はフランス語で何か言った。「Bon voyage!(良い旅を)」

 サン・ジョゼフ病院はおりるバス停の名にもなっているからすぐ分かる。標識通りに果物屋や雑貨屋の並ぶ通りを辿っていくと、左手に見えてくる。近代的な建物だ。救急隊員らが出入りする中を、一緒に入っていった。彼らは男も女も同じ紺の制服を着て、きびきびと動いている。何故か足元はそろってナイキのスポーツシューズだったが、各人違う色とモデルだ。まさか救急隊員の指定シューズではあるまい。隊員割引があるとか?いずれにせよ、業務上、市民ランナー以上に足腰、及び身体を酷使しているのは間違いない。実用兼ねて足元のおしゃれにも堂々とした感の漂う隊員らの姿をみていると、こちらも、どこかカラフルなビタミン色のエネルギーを与えられた気がする。

 総合病院であるここは、専門ごとに幾つもの建物に分けられていた。血液検査は二階左手(1)という建物だと受付で地図を渡される。院内購買とカフェを通り抜け、その建物へ通ずる中庭へと辿り着く。購買で売られている雑誌の主なタイトル、子供向けのぬいぐるみ、おもちゃ類など、いわゆるフランスの病院というのがどのような空間で構成されているのか、ざっと観察する。病院のカフェだが、珈琲はうまそうだ、など。日本の病院にありがちな圧迫感がないのは、建物の設計自体の問題か。どこにいても天が高く、光が隅々まで差し込んでいる。

  検査はプロフェッショナルに、細やかな気配りのもとに、行われた。担当医など、私の支払いがあまりに遅いので、心配して待合室まで見に来てくれたほどだ。(単に6つ有るうちの支払い窓口のうち一つしか機能していなかったため時間がかかったのだ) 番号札を引いてまずは登録し、必要な検査決定後に、窓口で支払い費用の確定をする。その紙をもって、今度は支払い専用窓口へ。ようやく終えると再び検査窓口へ行き、各々の担当医に連れられ、然るべき診察を受け、一週間後に検査結果を取りに来る、といった流れだ。患者はかなり頻繁に行き来しなくてはならないが、院内は広く清潔だし、窓口の人たちの仕事ぶりも「プロフェッショナル」で救われる。「日本語でメルシーってなんていうの」「ありがとう」その場の職員が声を合わせて「アリガトー」。担当医も別れ際に大きな笑みで、「アリガトー」とぶんぶんガラスの向こうから私に手を振っている。

 中庭中央に教会がある。渡仏以降、教会なんて入ったのは一度か二度、それも覗いた程度だ。

 中に入ると、一人のお年寄りが静かに祈りを捧げていた。私は彼女の時間を邪魔しないよう、側面のステンドガラスを見あげ音を立てずに歩いた。朝の十時頃だ。パリの喧騒からほんの僅か離れ、生と死を見守る時間と空間が確実に存在している。一部の人々にとっては当たり前であることも、たいていの人はそれを認識しないまま日々を過ごしている。単に今は「考えなくていい」状況に身を置いているだけで、いつかは、必ずあなたも私も辿り着く場所について。

 外に出て、陽の温かさを浴びて、ぼんやりと周囲を見渡した。白衣の三人が紙コップの温かい飲み物を手に、椅子に腰かけて話している。向こうから入院患者と思しき男性が、杖をつきながら購買のある建物へ向けてそろりそろりと歩いていく。手入れされすぎてどこかおかしい薔薇などないのが気に入った。シニアらしい救急隊員らが、ちょっと打ち合わせと言った感じで立ったまま会話を交わし、各々の方向に分かれていった。足元チェック。こちらは蛍光ピンク、あちらは淡いエメラルド、ナイキのマークが輝いていた。

 病院を出ると、目の前には、美味しそうなパン屋さんがある。おお。実は「病院と、すぐ側のパン屋」というシュチュエーションは、私がこの世で最も好む数少ない場面の一つである。これには深い個人的理由があり、詳しく書けない。

 パン屋というのは店構えを見ただけで、だいたいの味が分かってしまう――というと、何を偉そうなとお叱りを受けそうだが、パン屋に限らず、基本的には同じという気がする。確かな商品を扱い、そこに店員や経営者たちの想いがきちんとあるかどうかは、店に入る前に判断できる。店員たちの動き、声、商品の並べ方、ガラスの具合、客の出入りといったビジュアル的要素に加え「場力」(ばぢから)とでも呼ぶべきか(そんな日本語があるのか知らないが)客を惹きつける空気の密度だ。人によっては、嗅覚が働くのかもしれない。強く自分を呼び込む匂いの有無。

 「入るべき店」と即決するのに10秒とかからない。パリに来て以降、自分の中で最高点をマークしたかも、という予感がある。確かめてみない訳にはいかない。ドゥミ・バゲット0.45€を買った。外に出て一口ちぎってみると、うん、思った通りだ。大当たりだ。ちらりと振り返って店の名を確認しようとしたら、ガラス戸に「Fournisser de official d'Elysee」とある。2013年、1e Prix と続いている。なるほど、これが噂の。

 パリ市で毎年行われているバゲットコンクール。優勝者は賞金と、一年間大統領官邸「エリゼ宮」に毎日バゲットを届ける公式名誉が与えられる。判断は焼き加減、味、見た目、香り、中身の5つで200以上のバゲットから厳しい規定を満たしたものが審査に上がる。近年18区のブーランジェリー激戦区から一等賞が続いたが昨年2013年は14区の店だ、という新聞記事を読んだ。住居と同じ区ならどこかで見つけるかもなあ、と思っていたがすっかり忘れていた。それがこの店、Au Paradis du Gourmandオ・パラディ・グルマン(156 rue Raymond Losserand 75014)。私は少し戻って、入口付近に置かれていたパンフを一枚持ってきた。店主リダ・カーデル氏はチュニジアからやってきて、パリで修業し20年。店は奥さんと七年前にはじめ、一日六千本を焼きあげている。

 「一位を取ったからうまいわけじゃないだろうし、賞レースなんて」といつもの私なら言ったに違いない。権威ある側のモノは信じない。でも店には確かな品格(オーラ)があり、味は期待を裏切らなかった。王者になる、ならないに関わりなく。

 帰りのバスを待ちながらバゲットをかじっているとき、今朝62番のバス停まで付き添ってくれた日本語の上手な初老の女性を思い出した。「40年日本に居た」、それは過去形だった。40年という決して少なくはない歳月を、私の母国で過ごしたというフランス人女性。静かだが、強い眼の光が印象的だった。最後に彼女は何と言ったか?「ボン・ボワイヤージュ」。――良い旅を。 フランス語だった。そのことに気づいた時、私はバゲットをちぎる手を止め、後ろを振り返った。

 40年の旅を終え、おそらく何らかの事情で彼女は母国に戻ってきた。15歳で海を渡ったこのバゲットの作り手の主人とて、賞が夢の終わりではない。毎日が続く限り、彼らはまだまだ旅の途上だ。

 62番のバスがやってきた。健康診断は楽じゃないが、きょうの手土産をリュックにしまい、さあ、乗り込むとしよう。

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