Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

Bon courage, Hip hop en France ! 

 パックス(復活祭)の項で、ダンスにはまっているという話を書いた。Modan JazzとHiphopである。その昔神戸で踊り、さらにはNYのダンススタジオの天下、BDC(Brordway Dance Center) にも足を踏み入れた。何とかなるだろうと思っていた。しかしここは欧州、おフランス。同じDanceでも国が違えば、クラスの様子も違う。30半ばも過ぎて、しかも英語でなく仏語で挑む未踏峰。モダン、クラシック、コンテンポラリーまでなら「昔取った杵柄」で貯金はある。まさかこの私がヒップホップ?人生とはほんとうに、いつ、何があるか分からない。

 「ヒップホップとはどのようなダンスか」「なんでフランスのヒップホップか」理解が低かったこともある。私の「ヒップホップ」の認識なぞ、こっぱみじんに打ち砕かれた。背景となるフランスの現代音楽事情も含め『ヒップホップ』という語そのものを、根底から考え直す機会を与えられた。

 ジャズダンスの経験と偉そうに言ってみたところで、基本的な身体機能(柔軟やターンといった技術含め)を持っているという程度の話。商業的プロではないのだから、全くゼロから始めるより少しはマシだろうというレベルだ。加えて、ヒップポップには独特の動きとステップが存在する。「ランニングマン」や、アップ・ダウン(上や下でカウント、重心をとる)はやったことはあっても、本物のヒップホップダンサーの動きは、まるで違う。今さらだがヒップホップは、ひとつのステップ、振りや音楽ジャンルを指すものではない。それらを合わせた特定のスタイル、モノの眺め方、服や、喋り方の選択の仕方、要は生き様までを言うのだとつくづく思う。あのダボダボズボンについては諸説ある。子が多く貧しい家庭では頻繁に服を買い与えられず、成長してもしばらく着られるように大きめサイズを与えるという説。他には刑務所で脱走や格闘を避けるため、とっさに走れないような必要以上に大きい服が支給されることから、いわゆる「ムショ帰り」を象徴するものだという説。

  音楽は当然英語曲が圧倒的。マイケル&ジャネットジャクソン、マドンナ、ビヨンセ、ブリトニー・スピアーズといった基本のダンスどころ+R&B系。加えて近年のヒット曲、例えばニッキー・ミナージのstairshipsなど。よくも悪くも、世界の音楽シーンを決めていくのはNYという現実があり、ジャズにしろヒップホップにしろ、ダンスもその潮流に乗っている。

 アメリカ発のヒップホップ音楽、及びダンスがフランスで広まり、世界第二のヒップホップ大国となっていったのか?いや、ヒップホップのルーツはアフリカ文化、例えばジャマイカのダンスホールレゲエのから発したアフリカ系アメリカ音楽だけではない。ちゃんと西アフリカを中心とした仏語圏音楽があった。その後アメリカNY,西海岸を中心に黒人の団結、誇りを象徴する大きな流れがあって、70年代からのいわゆるオールドスクール、ミドルスクール(世界的にはゴールデン・エイジという)、ニュースクールと呼ばれる年代別スタイルが生まれてくる。

 仏語圏のヒップホップが広まったのはちょうどミドル期に当たる、80年代半ばあたりだ。ここから先は英語圏の情報をもとに調べた。

 1984年にフランスで「ヒップホップ」というテレビの音楽番組が大ヒットしたのがきっかけらしい。パリ郊外やマルセイユのいわゆる「スラム」と呼ばれる場所には、昔から多くのチュニジア、アルジェリア、モロッコなど北アフリカ移民が住んでおり、そこの若者達を中心に番組は熱狂的に支持され、ヒップホップは広まった。考えてもごらんなせえ。HLMと呼ばれるそれはそれは廃墟のごとき、暗く、悲惨な集合住宅で彼らは育った。まともな教育も受けられず、貧困にあえぎながら、両親とも職はない。夢を見ようにも四方にそびえ立つのは絶望だけ、塀の中で青春を送るも等しい。幼い兄弟たちと球蹴りをしながら、ジダンを思い、あるいはスニーカーさえあれば、道のどこかで「ストリートダンス」を踊って鬱憤を晴らすこともできる――フランスのヒップホップはそういう土壌で広まってきた。だから、ちゃらちゃらした見てくれだけの、ハンパなものなんて、ひとつもない。全部が自分の全体重をかけた本気の闘いである。許せないものは許せねえと徹底的に、批判する。相手が国であろうと、大統領だろうと、がつんがつんに打ちのめす。(そしてもちろん放送停止になる)。そうしないことには、彼らの声は届かないからだ。欲しいものは奪い取らねば、こうありたいと強く訴え続けていかなければ、育った「地獄」から一歩も出られないと身にしみて分かっているからだ。

 90年代初め、『フレンチヒップ御三家』 が登場する。NTM(シュプレームNTMともいう。パリ郊外、サン・ドニで1989年結成) IAM (マルセイユで1989年結成。Invasion Arrivee de Mars:火星からの侵略?の意味でMarsはマルセイユの暗喩として歌詞の中で繰り返し使われるMCソラー(両親がチャド人、本人はダカールで生まれフランス郊外・ヴァル・ド・マルヌ県に移住、1990年から音楽活動)

 このうち、MCソラーはフランスの諺をもじったラップアルバムがプラチナディスクとなったりして比較的普通に聞ける曲だけれど、NTMとIAMは社会体制を批判し、政治色が強く、言うところの「激ヤバ」音楽にカテゴリーされる。例えばNTMは国家組織に対する強い敵対心があり、人種差別や階級差別を容赦なく言及する。93年には警察の汚職をやり玉にして国家当局から訴えられた。最終的には勝訴したものの、ラジオ局全て、彼らの曲をボイコットした。2年後、それでも懲りずにコンサート中に再び警察を批判し、その上警察に対する暴力まで支持する発言をしたものだから、今度ばかりは大掛かりな法廷闘争に発展し、懲役2カ月、罰金5万フラン(100万円位)の有罪判決。

 このあたりからフレンチヒップホップが「社会問題」化される。IAMは当初、アラブ、イスラムといった多文化アイデンティティーのギャップをテーマに歌っていたが、ある事件をきっかけに、移民排斥で知られる極右政党・国民戦線(FN)への批判を強めて行く。下地はこうして作られていった。2000年代、サルコジがまだ大統領になる前、フレンチヒップホップ歌手のことを「国を侮辱するチンピラども」と言ったとか言わないとかで大問題に。2005年、ついぞパリ北東部で大暴動が発生した。投石、放火が3週間続きこの時も犯人つるしあげの際にサルコジは「社会のクズ」呼ばわり。さらに政界ではヒップホップ追放運動まで起こる。あんなクソみたいなもん聞いてるから、暴動が起きるんだ、とか。確かに歌の内容は、日本じゃ通常考えられない過激さだが「自由の国」はどこへやら。

 そんなこともあってか、近年ではヒップホップ大国の地位はドイツに奪われてしまったという声がある。そもそもドイツはテクノ王国。鬱憤だの社会への欲求不満だのと言った子供じみた出発点ではなく、スマートで、機械的で、洗練された大人ヒップホップの大物が続々登場し世界の注目株――というのがこんにちの流れのようである。

 でも、世の中がどんなに変わろうとも、力強い「声」を求める人間は必ず居る。何も国家権力に立ち向かったり、攻撃的でなければならないというものでもない。自分自身の心に、ひとつ信じられるリズムを持って、強く、曲がらずに生きること。人は残念ながら平等には生まれない、でもそのための「よすが」みたいなものを抱くことは誰だって自由だ――フランスがそういう国だと信じたい。 

 2011年ヒットしたフランス映画に「Intouchable」がある。身体が不自由な大富豪と、ひょんなことからその介護人となった最貧困層の移民である黒人の若者との交流を描いたコメディ。日本では邦題:『最強のふたり』(なんで?)として公開され、『アメリ』を越えて当時日本のフランス語映画歴代興行1位になった。私も二回見たが「へえ、色々あったフランスでは今、こうした平和的、融和的な万人受けするハートウォーミングな傾向が好まれるのか(つまんねえな)」と思っただけだ。主人公たちが最後、それぞれの現実へ戻り、安っぽい理想で終わらなかった点だけ良かったけれど。原題の「Intouchable」(アンタッチャブル)の意味はそこにあったはずで、私なら確実にそのまま残したところだが、この邦題では、真逆になってしまった。

 ModanJazzで何度か出た女性の先生のクラスでは、アップの時の音楽にこの映画の冒頭、駆けるように流れたEarth,and Wind Fireの『September』を使っている。これを声に出して「好きだ」というと、まあなんて安直な!お手軽な!分かりやす過ぎ!とそっぽを向かれそうで、書くのはかなり勇気が要る。まあ許して下さい。逆の論法で言うと、パ~リ~ラ~、は、かなり分かりやすい理由でめげてしまった時の単純な自分再生ツールとして使用可能。つまり「なんだってそんな単純なことで!」というばかばかしい程の理由で落ち込んだり、ダメになりそうな時、負けずに自分を鼓舞するインスタントの呪文みたいなものだ。大して意味は持たせない。そういう余白的要素のひとつふたつあった方が、少しは楽に生きられるし、本気を出すべき時に本気になれる。これも最近、学んできたことの一つ。

 そうは言っても、頑張ってね、フランスのヒップホップ。とんがった時代がありました、でお鉢を他にあっさり回してしまったんじゃ、つまらない。とんがるのは、人生のある時期にしかできない、特権かもしれないから。

 例え世界がなんと言おうと、形ばかりの友好に埋もれようと。


Earth, Wind & Fire - September - YouTube