Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

Direct Matin/ディレクト・マタン

  朝、パリで地下鉄の駅に到着する。人々は判で押されたみたいに、設置されているカゴの中に山積みにされているA4判ぐらいの紙冊子を取ってから改札を通っていく。時間帯や曜日によっては、地上で若い女性が配っていることもある。電車内では皆「通勤の友」と言わんばかりに、それを読みふけっている。赤い帯に白字で「Direct Matin」と印刷された題字がパッと眼に入る、パリで最も読まれているとされる日刊紙、しかも無料の新聞である。フリーペーパーというやつだ。

f:id:kotorio:20140428225251j:plain  たまたま私の利用する最寄り駅の、たまたま私が使う改札口の構内に、ディレクト・マタンが置いてあったというだけのこと。他の路線や駅では別の2紙、緑色が目印の「20minuite」(ヴァン・ミニュイット/20分という意味」、他方はブルーをメインカラーとする「Metoro(メトロ)」が手に入る。車内で人々は赤・緑・青、3紙いずれかを手にしている。試しに一日で3紙比較してみたが、正直それほど大きな変わりはない。ページ数にして15枚前後。本日の重大ニュースはこれとこれ、という一面、総合面にあたるページから始まって、ポイント解説が3ページ目あたりに加わると、あとはシステマティックにパリ、地方、世界、スポーツ、このあたりで求人広告をはさみ、後半は健康(生活)、テレビ、シネマ、ラストは天気予報で締めくくられる。3紙とも全編カラー刷りで、写真も豊富。記事そのものは短く、要点を押さえて簡潔そのもの。記者の意見がだらだら書かれていたり、読者投稿、人生相談なんてコーナーもない。まさしくdirect (ディレクト=ダイレクト)であり、ぴったり20分もあれば、その日押さえるべき事項を網羅できる。サイズもちょうどいい。今や「ル・フィガロ」「ル・モンド」を広げている人はいない。

 旧帝王たちはフリーペーパーに押しやられ、どこへ行ったのか?キヨスクには売られている。もちろん毎日、新しい。でも誰かが買ったり、カフェで読んだりしている姿を見たことがない。ネット上ではサイトが健在。媒体がどう変化しようと、ジャーナリストや書き手という職業そのものの意義が消滅したわけではないからだ。ただもう誰も、お金を払って紙の新聞を買ったりしないのかもしれない。あと100年後ぐらいには(もっと早いかも)学校の歴史の授業で、先生が昔は印刷という技術があって、新聞も紙というものに刷って、一軒一軒おうちに届けたり、あるいは駅の売店やコンビニに買いに行ったりしていたのだ、と教える日が来るのかも知れない。生徒たちに「昔の人ってどうしてそんなに非効率だったんですか」「紙の無駄遣いして何とも思わなかったのですか?」「毎日たまった紙はどうしていたんですか?」とか突っ込まれちゃうんだろうな。

 フリー3紙だって、HPにはかなり力を入れている。別になくても困らないが、駅に行かなかった日などはネットでチェックすればいい。1紙だけ手に入って他が気になってしまうような場合も、この手段が使える。(まあそこまでの人はあまりいないだろうけれど)。それぞれのサイトから、各紙「生い立ち」経緯を比較したところ、意外な共通点があった。

 20minuiteを始めたのは、もとはノルウェーの出版社だ。1999年にスイスで、その後2001年にスペイン、翌年フランスで発刊、の順である。純国産ではなく、さらに国際紙だったのか。すると「フリーペーパーはEU全体の大きな流れかも」と予感がよぎる。半分あたり、半分外れ。EUのみならず、北・南アメリカ、アジア含め、世界をターゲットにしたのがMetroだ。スウェーデンのMetro Internationalという会社が1995年「世界最大のグローバルな日刊紙」として発刊、フランスでは2002年、まずパリとマルセイユで開始。以降24カ国、150以上の都市18言語で配布されている。これら2紙が共に北欧発だったのは理由があるのか。

 無料でニュースが読まれ、人々に支持されているとなればそれまで頑張って来た大手新聞にとって、死活問題だ。対抗馬として彼らが生き残りをかけて登場させたのが2007年のDirect Matinだった。背景の理解に手間取ってしまったのだが、要は「BOLLORE」(ボロレ)という国際グループ会社と、フィガロが共同出資(70%:30%)の形で開始させたらしい。最初はマタン(朝刊)に加えてソワール(夕刊)もあった。が、採算が取れず2010年に夕刊は打ち切りとなった。2012年以降は全紙面をPDFで読むことができる。

 無料に加え、アーカイブ性まで完璧、記事や報道写真はディレクト・マタン・プリュスという専属ジャーナリストたちによるものだから、一般市民にとってはとくに文句のつけようもない手軽な情報源となる。もうひとつ、調べている途中で面白いサイトを発見した。フランスには「発行部数を証明するお役所」その名もOJDという機関があり、月ごと、都市別など、詳細な公式部数を発表している。日本の新聞だと「公称:1000万/800万/300万・・・部」など各社、自己申告だからえらい違いだ。(ちなみにOJDのサイトに英語バージョンはない。だから苦労して仏語を読み解くしかない)地方ごとに細かく分けられているが、3紙とも、平均して1日70万部になる計算だ。これはかなりすごいことなのではないか。読者層としては18~34歳、これまで日刊紙を購読していなかった若者層、今後も日刊紙が新規開拓の見込めない層をすっぽり飲み込んでいることになる。地下鉄の中で見る限りは、私より年上の層だって、かなり手にしているように見受けられる。

 フランス語で理解しようと思ったら、とても20分じゃ足りない。1時間かけて辞書を引き読んでも、未消化個所は残る。だから白状すると読むというより「眺める」に近い。3紙とも共通するのは、それぞれにデザインと写真にこだわりがあること。日本でよく見るような、“駆けだし1年生が研修テキスト通りに撮りました、どうですか新聞ってこんなかんじで”的な写真は1枚もない。センスがいい。文章をよまなくても、載せられた写真とおおよそのタイトル、記事のボリュームや配置などからひと通り最後まで「眺める」だけで流れを把握できる。ある意味ヴィジュアル世代だな、と思う。

 どうも私は記事より、広告をじっくり読んでいるみたいだ。今フランスでどんな求人が、どんな文句で出されるのか。あとはレストランや商店の割引、航空会社や、車や、携帯電話の広告。連休前などは、いつもと違うスペシャルな感じが漂い、ページが増えていることもある。フランスで生活していないと、実感しにくい部分だ。まあ、あまり実用性はない。

 以前ダンスで使った曲に2008年のマドンナのアルバム(11枚目、HardCandy)の「4minuites」(フォー・ミニッツ)という曲がある。マドンナと、当時若手シンガー、ダンサーとして名を知られていたジャスティン・ティンバーレイクが絶妙の掛け合い。ミュージック・ビデオもダンサブルで当時ipodに入れて覚えるまで見た。人体がCGで人体解剖され、その断面図がリアルにキスしたり動いたりするシーンは、どうしても苦手だが。

 『時間を無駄にするなよな 世界は待っている

  世界を守るため、僕たち4分しかない

  思ったなら それは本物  欲しいのなら それはもう手に入れている 』

 イン・シンク時代から最年少にも関わらずキレのいいダンスをみせていたジャスティン。マドンナといい、ビヨンセといい、相手の女性の動きをきれいに見せるのがうまい。しばらく俳優業に専念していたが昨年(2013年)久しぶりにアルバムを出し、ダンスも健在。さすがミスター・セクシー。

 朝のほんの4分、あなたもdirectに世界を掴みませんか。