Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

エルニーニョの神様 

 昨年パリにやってくる際、東京都内から段ボール10箱を送った。いろいろと切羽詰まった事情があって、もう2度と日本には戻らない、容易なことでは帰れない、異国で生きていくんだと覚悟し、きれいさっぱり片付けた。あとには何ひとつ残さなかった。全財産・全ての荷物を引っ提げてやってきた。

 企業派遣など、会社が海外引っ越し費用を負担してくれるなら話は早い。荷造りから税関手続き、到着後の設置まで頼める国際運送会社に任せればいい。しかし目玉が飛び出るような値段、到底一般人に払える額ではない。何社も見積もりを取って、最終的に「郵便局の船便」という最も安い手段をとった。段ボールも近所からひとつひとつかき集め、荷造りから用紙の記入まで全部一人でこなした。渡仏に当たり、神経も張りつめていたのだろう。最後1か月を切った頃、肋骨を疲労骨折した。「息をしたら飛び上るほど痛い」という状況が一週間ほど続いた。

 荷物は10箱全て本。衣類も生活用品も、身につけているものとスーツケースに入るもの以外は、何ひとつ持って来なかった。それ以外は涙ながらに全て処分した。置いてくることのできる場所がなかった。海外では、日本語書籍は手に入らない。仮に可能だとして時間と費用がかかる。自分にとって、命より大事な、自分を育んできた擦り切れた本たちを手放すことは、どうしてもできなかった。

 10箱でまとめて送ると1割引き、という有難いサービスを利用して、それでも7万以上かかった。ひと箱15キロ以上の段ボールを痛みをこらえてこしらえたはいいが、持ちあげることもできない。最寄りの郵便局まで持って行くどころか部屋から持ち出すのさえ不可能だ。と思ったら、集荷サービスがあることを知った。

 なんとか発送までこぎつけたはいいが、フランス国内は格別郵送事情が悪く、伝票の誓約事項によれば、日本の港を出るまでは日本側で責任を持つが、そのあとは知らないよ、ということらしい。インターネット上でも、フランスの郵送事情の悪さといったら有名な話らしい。(出所が確かでないから信用できるかどうか判断できない。)個人的な経験には、多かれ少なかれ誇張がつく。結論として「10箱のうち半分届いたらラッキー」と思うことにした。一緒に届くなんてことは、あり得ないらしい。同時に送ったものが、一つは夏に、一つはクリスマスに到着したり、中のものがなくなっていたりするのは日常茶飯事とのこと。一張羅の服だの靴だの詰めて送ったところで、届いたのは箱だけ、というのもよくある話らしい。

 最短でも2カ月はかかるという船旅だから、輸送の途中で段ボールが壊れたり、中のものが飛び出したりする可能性は充分ある。それでも何10万とかかる航空便よりは遥かに安い。その上で自ら船便を選択するわけだから、アクシデントに対する覚悟は、それなりにある。

 身銭を削った経験というのは、時として得難い教訓を連れてくる。

 いろんなすったもんだがあった挙句、結果的に私はそれら10箱全て、パリで手に入れることに成功した。大変といえば大変だった。予想外の大きな出費もしたし、人に関して、ちょっと信じられないような思いもした。でもまあ全て終わったことだ。

 寮の2階(日本式で3階)の部屋まで階段を10往復しながら段ボールを運ぶ。肋骨は発送時よりだいぶ回復している。気力でさっさと終わらせてしまえ。

 全てが終了し、一人、部屋で熱い珈琲を淹れながら「よく無事に来たね、私の分身たち」と海を渡った彼らに祝杯を捧げた。

 飲みながら、一つの段ボールに大きな液体状のシミがあるのに気づいた。外側からというより、内側からじわじわにじみ出ていると言った感じ。嫌な予感は的中する。中を開けて私は悲鳴をあげそうになった。

 本は全てビニールでパッキングしていて、さらにタオルを敷いていたから何ともなかったが、その上に「何かが乗っている。」それは固形燃料のような小さくまるっこい形状をしていて、外のシミはそれをくるんだ銀紙の破けた部分から漏れ出している。

 最初はオイルか、あるいはバターかと思った。匂いを嗅ぎ、手で触り、しまいには歯でかじってみたが固くて歯のほうが負けそうだった。掌にぴたりとおさまってしまう程度の円形で、色は濃い黄色だ。その上に貼られた張り紙には緑色の文字が読めるが、英語でもフランス語でもない。見た目的にはスペイン語風。queijo、ケージョ、ケージョ・・・??チーズじゃないか?de のあとはおそらく地名かなにかで、つまり「~で作られたチーズ」。固さ、見た目からすぐさまネットで探してみたのだが、どうも羊と山羊の混入で動物性レンネット使用の「ポルトガルのチーズ」らしい。

 銀の紙にくるまれ、本たちの上で眠っているそれらを、私は丁寧に取り出し、部屋の窓枠に並べてみた。机の端で細かく叩き割って、かけらを舐めてみた。チーズと言われればチーズだし、山羊の油じゃねえかと言われれば確かに山羊の油だ。

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 私はその頃とても孤独で、知り合いもおらず、私のフランス語能力は友人をつくるにはおおよそ不十分なものだった。うなされずに起きる日はなかったし、絶望の谷の底で這いつくばっていた。肋骨の痛みは引いてきたけれど、抱えた痛みのほうはもっと深く突き刺さり、しくしくと悲鳴を上げ続けていた。秋が始まろうというフランスの空気はどこまでも乾燥しきって、純日本国産仕様で育った私の皮膚は、かさかさに白くなっていた。

 いったい何が、どういう経緯で、日本を出発した私の段ボールにポルトガルのチーズが混入する羽目になったのか分からない。最初、ケージョという文字の書かれていたラベルを読んで「もしやこれはスペイン語か」と思ったのは、唯一知っているスペイン語 『エルニーニョ現象』のエル・ニーニョEl nin~oみたいな字面が並んでいたからである。私はこれを熱帯域太平洋海域から発生する異常現象になぞらえて、極めて個人的バージョンのエルニーニョ現象と受け止めることにした。慣例からして予想されたのは、(1)届かないか、(2)届いても何かが紛失ーーーというマイナスの状況だったはず。それが10箱全部そろった上に、チーズまで山盛りに加えられている。これは金もなく、飢えと乾燥肌に苦しむ難民的私へ、エルニーニョの気まぐれな神様が贈ってくれたプレゼントじゃないだろうか。

 不審さを感じて処分するのが、フツ―の人のフツ―の思考だろう。しかし、薬物混入の疑いもなさそうだし、チーズなんてそもそも発酵食品なのだから、多少腐っていようがたいした変わりはないんじゃないか。これは食糧援助と思って有難く頂くに限る。チーズだから腹もちがよく、触った後の手は、天然の油でてかてかと潤っている。

 渡仏以降気がかりで仕方なかったやっかいごと(ダンボールの引き取り)が、やっと片付いたその夜。私は初めてひとりでバーへ繰り出した。行ったことのない路地を何本か行きつ戻りつしていたら、けだるい女声が聞こえてきた。哀愁に満ち、人生の深みを湛えた、低い響きだった。私はしばらく立ったまま、窓から漏れる歌声に耳を澄ませ、曲がいったん終わったところで店の中に入って行った。暗くて、歌い手の顔はよく見えなかった。カウンターに腰かけ、ワイン一杯、辛口の白を、と注文した。深い声に導かれながら、これまでの緊張が一気に緩んだ。

 帰り際、私は店のマスターに「いいシャンソンを、有難う」と声をかけた。すると「マダム、今、何て言った?シャンソンじゃない、あれはファドだよ」 「ファド?――ってポルトガルの?」 私は思わず声を張り上げた。「それ以外に、マダム、ファドが世界のどこにある?あんたが頼んだそれも、ヴェルデ(ポルトガルのワイン名産地)の白じゃないか」

 私は夢でも見ているような気持ちで、店を出た。振り返るとメニューの看板に、Vinho~~(ヴィーニョ:ポルトガル語で「ワイン」。フランス語なら当然、vin:「ヴァン」)と書かれている。

 エルニーニョの神様はどこか知らない所で私たちを見つめていて、気まぐれに、途方もないいたずらを仕掛けてくるのかもしれない。

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