Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

La Grande Vadrouille/大進撃!

 「cinema et literature」「cinema et l'histoire」(映画と文学/映画と歴史)という2時間ずつの講義を、2コマ連続で取っている。一日4時間も大講義室に座り、フランス映画を黙って見ているとはいい身分、と自分でも思うが期末には一応テストもある。一回にじっくり一本を取り上げるとは限らない。各回テーマに即して、2~3本、時代の違うものをダイジェストで紹介したり、同じ監督の別作品と比較したりもする。教授にしては、まだ若い男性の先生で、所々映画を停止し彼の解説を挟む。理解の助けになることもあれば「いいから、早く続きを見せろ」とうずうずすることも多い。そのような内的闘いを繰り返しながら、数々の映画を見てきた。

 フランス映画は日本にいる頃からよく見ていた。人間観察のツボがハリウッドものとまるで異なる。2つの欲求が生まれる。1つにフランス映画を体系的に、時代を追って流れを掴んでおきたいということ。でないとヌーヴェルヴァーグだのなんだのつまみ食いしたところで、単にアンニュイ(退屈)なあれか、で終わってしまう。第2にどうせなら字幕じゃなく、言語そのものの味わいを楽しみたい。ともにフランスに行かずとも出来ることで、まだ日本にいたある日、強行を試みた。まずは質より量だ。レンタルDVDの仏映画コーナーを片っぱしから制覇し、見た映画はとにかく評論を書いて残すよう努めた。200本を越える頃には好みの傾向がハッキリしてくる。字幕ナシまでは行かなくても、仏映画の会話や笑いにおける、独特の呼吸みたいなものが飲み込めてくる。(これが大いなる勘違い)

 「映画と文学」の授業はいわゆる一般的なフランス映画論+仏文学的な視点で辿るもので、これだけでもひと通り映画史はなぞることができる。その後、半分程度の生徒が帰ったあとで始まる「映画と歴史」の授業では、ジャンヌ・ダルクから始まって、普仏戦争、共和制、フランス革命、と、要は「フランス史」を映画で年代順に追ってきた。忘れていたが、私は地理歴史科の教員免許を持っていた!それでもフランスにおける史劇分野に関してはノーマークだ。歴史だと「本で読めばいいよ」「あとで調べる」という意識が先行してしまうのかもしれない。それより文学を題材にしたものや、ジャン・リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、カンヌ受賞作も押さえておかなきゃいけないし、フィルム・ノワールとは何か、なんてすらすら言えなきゃフランス映画ツウっぽくないじゃん・・・という感じがしてしまうのだろう。

 講義は折り返し地点を過ぎ、第一次大戦を経ていよいよ第二次大戦下へ突入。ジェラール・ウーリー監督の『La Grande Vadrouille』。しまった。こればかりは日本語字幕で見たことがない。もちろん、フランス人ならだれでも知る、ブールヴィルと、ルイ・ド・フュネスという二大コメディアンを共演させた大型戦争喜劇で、日本では『大進撃』として1967年公開されている。パリでは31週で150万人動員、1997年のタイタニックに抜かれるまで(フランス映画としてなら2001年のアメリに抜かれるまで)観客動員数1位を守り続けた。今も毎年必ず一回はどこかのテレビで再放送され、全国民に愛されているという。日本の「忠臣蔵」・・・ちょっと、いや全然違う。

 これが面白かった。講義室が湧いた。考えてみたらフランス映画、しかも史劇を歴史的事実と照らし合わせながら解説付きで見て肩が凝らないわけがない。『裁かれるジャンヌ』の後、ニコニコと帰る人などいない。どんよりした顔で「今日も重かったね」「フランス映画だから、しょうがないよ」等々つぶやき、重い足取りで去ってゆく。リアリズム、ペシミズム、暗くて、大真面目で、難解で・・・それがフランス映画だと僕たち学んできたじゃない。自由と平等を勝ち取った国の歴史を120分程度で見せてもらおうってんだから、まあラクじゃあないよなぁ・・・。

 物語は、ナチ占領下のパリに暮らす二人の男が、ひょんなきっかけから3人の英国空軍将校のフランス脱出に巻き込まれ、レジスタンスの闘士さながらの大活躍をしてしまう、コメディタッチ。ヒット作『大追跡』(1965)に続き、ブールヴィルとフュネスが、オペラ座の指揮者とペンキ屋というコンビで登場。パリからラスト東南部の町ムルソーの美しい自然に至るまで、フランスの景色も楽しめる。

 フランス映画の醍醐味は悲劇よりむしろ「喜劇」では。独特のフレンチユーモアは、ペーソスの裏返し。その絶妙な調理具合が、まさにフランス映画をフランス映画たらしめている。講義の帰り道、考える。もし私がこの授業を邦画で展開するとしたらどう組み立てようか。つまり、日本の歴史を、日本映画を使って、日本を知りたいと学ぶ人々を前に講義をするとしたら。(まぁ、あり得ない状況だが。)どういうテーマで、どの時代の、どの監督の作品を選ぶか。面白いからノートに思いつくまま、時系列で書きだしてみたが、私の乏しい知識では、世界に胸を張って「これだけは!」と言える邦画が残らなかった。

 その昔、ロシア語を学んでいた時に、ロシアでは大晦日に「国民みんながこれを見ないと、正月が始まらない」という年末大型定番・国民映画があると知った。『運命の皮肉』(1975:エリダル・リャザーノフ監督)旧ソ連時代のラブコメディだ。男たちが大晦日のサウナでウォッカを飲んで酔っ払い、仲間を見送りに空港へ行き、また酔っ払い、しまいにゃ誰を送るのだったか分からなくなり、主人公がその飛行機に乗って気がつけば知らない女のアパートに・・・というドタバタ劇。制作以来40年以上も見続けられ、続編まで登場し未だに人気が衰えない。忠臣蔵や紅白歌合戦どころでなく、あるのは寅さん的エナジーである。

 『大進撃』を見た翌日、グーグルのトップページに、この映画の象徴的シーンであるブールヴィルとフィネスの肩ぐるま姿が登場していたので驚いた。クリックするとル・フィガロ紙のサイトへ飛ぶ仕組みになっていて『今日はジェラール・ウーリ監督の95回目の誕生日』とある。1919年4月29日生まれ。第二次世界大戦の前の年にコメディー・フランセーズに入団するも、ヴィシー政権下でスイスへ亡命。終戦後フランスに戻り俳優活動再開、監督に。あれ、生きているんだっけ?2006年7月20日、87歳で亡くなっている。日本だと命日で偲ぶことも多いが、欧米では故人の「生まれた日」のほうをいつまでも大事にするみたいだ。

 ル・フィガロ紙に載っていた監督本人の写真は、映画のどこかにひょっこり脇役で出ていても分からない、やさしい目をしたおじいさんだった。

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