Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

エントルミラゴンル・ランディ

 パリの地下鉄はLa Régie autonome des transports parisiens (RATP)、「パリ交通公団」が運営している。ロゴは上を見あげる女性の顔と、イルドフランス地域を流れるセーヌ河を表しているらしい。

f:id:kotorio:20140501193808j:plain 我々日本人は何かにつけて、フランス人の怠惰な勤務態度ばかりが目に付きがちだけれど、実は私、ここの人たちの働きっぷりが結構好きだ。男も女もそろいのパンツスーツの制服をきて、胸の小さなロゴに「俺たちゃRATP」みたいな誇りを感じる。遭遇率では女性の割合がかなり多く、男女ペアで通路にて待ち伏せ、容赦なく無賃乗車の人間から罰金徴収する。その姿はきびきびとしていて時に豪快、気持ちがいい。そりゃあパリ市民のみならず、花の都目指してやってくる世界中の人間を日々相手にするわけで、泣く子も黙るPATPさまだ。

 現場にいるのはだいたい若手~中堅と思しき30代前後の男女だが、検閲でない普段の時は、みな仲よさそうに和気あいあいと移動していたりして車内で見かけると「今日も頑張れよ」と胸の内でつぶやいてみたりする。悪くもないのに駅員が「スミマセン」「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」と一日に何度も頭を下げて、偉くもない乗客のほうがエバっている国とは少なくとも違う。堂々として、カッコいいものが私は好きだ。

 6番線に、いつものアコーディオン弾きと歌手の芸人男二人組が乗り込んできた。様々なバージョンがあるが、彼らに合わない日はない。停車駅で、RATPの制服を着た40代ぐらいの貫禄のある女性が単独で乗ってきた。彼らはまだ気づかず歌い続けている。彼女は、男たちの姿を認めるとずかずかっと大きな腰を振りながら近づいた。そして無言で彼らの横に構えると、彼らには目もくれず、窓の外を鼻歌でも歌うようにしらじらしく眺めた。

 ようやく気づいた男たち。歌の途中にも関わらずマイクをほおりだし「おお~マ・ダ・ム。お久しゅうございました。本日はお日柄もよく・・・」と、突然、両手すりすり猫撫で声を始めたのだ。「マ・ダ・ム」の所は、一文字一文字区切るように、二人、声を合わせて。彼女はそれでも知らん顔をして流れる雲に目をやったまま。男二人さらに頑張る。「マ・ダ~ム、ようやく最近、春めいてまいりました。道行くパリジャン、そして乗車の皆々様方のお顔にも、明るさが見えます今日この頃・・・」ってな調子で早口トークをまくし立てながら、素早く拡張マイクだのスピーカーだの、広げていた機材を片付けている。次の停車駅で「それではみなさま、ごきげんよう」と言って逃げるように降り、走り去って行った。

 私は彼女を見つめ「う~ん、ブラボーだね」とつぶやくと彼女は「ふふ、当然よ」とこちらに向かってウインクを返した。まつ毛の音が「バチッ」と聞こえてきそうな、迫力迫る、瞬きであった。彼らの逃げ出す気持ちも分からないではない。歌も演奏も昨日焼いたバゲットみたいな食えないレベルだったが、彼女登場~退散までの約1分30秒間、タイトル:『ビバ、女王様!』の息のあった演技に対しては、いつかお金を払っても、もう一回みたいぐらいだ。

 ところでヨーロッパの地下鉄では通常、数カ国語で車内アナウンスが流れる。ロンドン、ベルリン、いずれもそうだった。パリの場合、最初にフランス語、次に英語と来て、あとは路線や駅によって言語が違ってくる。ミュンヘンなど主にドイツ方面への国際列車の発着点である東駅や、その周辺オステルリッツ駅などを通過する路線では続いてドイツ語が流れる。シャンゼリゼなど日本人観光客利用者も多そうな1番線では、ドイツ語の後に日本語が加わっているので驚いた。オペラ座前のオペラ駅では、ホームで「スリに、ご注意ください」という日本語単独のアナウンスが流れた。

 私の最寄り駅であるポルト・ド・オルレアンは地下鉄4番線で、放送はフランス語⇒英語⇒スペイン語、の順になる。耳にいつまでも残っているのは、結局最後に聞いた音、つまり「スペイン語」のアナウンスになる。内容には「スリ注意」などいくつかのバージョンがあるのだが、私の降りる駅では「お降りの際は足元にご注意ください」の3カ国バージョンだ。(注:パリの地下鉄は時々冗談でしょう、というほどホームと電車の間が空いていてビックリする。子どもなんか、またげそうにない。大の大人だってちゃんと注意しなければ、うっかり落ちてしまいそう)。

 順から行くと

(仏語)Attention a la marche. On descend de train.⇒

(英語)Please mind the gap between the train and the platform となる。

 英語で「足元に注意」って決まり文句でwatch your step っていうよね、と思ったけれど、直訳すると「電車とホームの隙間にご注意ください」となっている。

 そして問題は3つ目。毎日、最低でも行きと帰り2回、ナゾの響きが頭の中を駆け巡ることになる。「クイア~ザ・コネルシモ、エントルミラゴンッル、ランディ」最初の単語はフランス語の「quand」に当たるスペイン語の「Cuando」、続いて「電車から降りる」という文章になるはずだ。電車は「tren」降りるのは「Se Bajes」か。でもそうしてgoogle辞書と首っ引きで作成した一文は、私の耳でキャッチした音と全く違うシロモノになってしまった。

 仏語もままならない私は、こうして秘密の呪文「エントルミラゴンル・ランディ」を今日も唱えつつ、21時を過ぎてもまだ明るい地上出口まで、まっすぐに階段を昇っていく。