Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

人類はその昔・・・

 パリの街を歩いていて「どうしてここに」という人とすれ違う。「あ、清野さん!(大学の部活の先輩)」「和田君じゃん(高校の同級生)」「平原さんちの上のお姉ちゃん(近所)」「のりちゃんと犬だ(小学校の放課後、一緒に遊んだ)」「本町クリーニング店のご主人」など。もちろん本人のはずはなく、在パリ日本人の他人の空似でもない。パリを歩いているからフランス人とは限らないが、れっきとした「外国人」である。にも関わらず、顔立ち、持っている雰囲気、声を聞こうものなら、例え英語、フランス語であっても調子がそっくりなのである。

 そんなはずはないだろう、とあなたは思うかも知れない。きっと望郷の念だとか、早い話ホームシックがそのような形となって表れているのだと。この見解には100%反論できる。何故なら必ずしも懐かしい人物ばかりでなく「こんなやつ二度と会いたくない、顔も思い出したくない」、あるいは大っ嫌いだった教師なんかまで「再会」してくれるのだ。極めて知り合いの少ない私の、数十年の人生でこうなのだ。人によっては一家全員勢ぞろい、みたいなことだってあるかも知れない。

 清野さんや和田君では、さすがに読者に想像を促す親切さがあるとは言い難い(彼らには悪いけど)。文章はとびきり親切でなくてはならない。どんな時も。それで、個人的交友関係を省いた上で、一般に理解される現代日本人の中、私がパリで出会った人々とは。

 まず五木寛之氏は三人ぐらい会った。いちばん遭遇率が高かった。劇場ロビーとか、コンサート会場とか、いつも公共のきちんとした場所だ。ムッシュー五木はお洒落な仕立てのよいスーツを着て、うち一人は女性と連れだって歩いている50代ぐらいの実業家風だった。ぱっと見でイタリア人か、ギリシャといった南欧系。間違っても米国系はひとりもいなかったと思う。髪は白くてもさもさとたて髪みたいでマフラーは要らなそう。目は細く笑みを浮かべ、優しい母イルカのようだ。

 天海祐希さんもいらっしゃった。私はこの方が「ゆりちゃん」時代(宝塚)から知っている。宝塚学校試験の際、面接官が母親に「よくぞ産んで下さった」と言ったというエピソードは有名。在団中も10年に一人の逸材だと言われ続けた。で、その天海さんが、フツ―にカルフール(スーパーマーケットです)のレジで、私の前に並んでいたりする。目鼻立ちがきりっとして、財布を取り出す長い指先から立ち姿まで全てが美しい。ラルフが、ビルが、ああ、ランベス・ウォークで去ってゆく。(注:舞台『ミー&マイガール』より)

 人種のるつぼパリだから、多少日本人に似た外国人が居ても当然である。若い世代なら本当に日本人とのハーフも多く、東洋の血を引いている人もかなりいそうだ。でもこの現象は、もっと人類の歴史を、根源にまで遡って考えると面白い。

 その昔、人類の祖先はひとつだったのではないかという自然人類学上の見方がある。アフリカ単一起源説とは、地球上のヒトの祖先は最初、アフリカで誕生し、その後各地域へ広がっていったとするもの。その最初の共通祖先は「ミトコンドリア・イブ」と名づけられている。約16±4万年前にアフリカに生存していたと推定される。母方の祖先を辿るとイヴに辿り着くというだけで、人類がアフリカの一人の女性から始まったという意味ではないようだが、早い話「人類みな兄弟」を遺伝子学的に裏付けるものだ。分子遺伝学が進み、遺伝子配列の特徴から民族のルーツや祖先を辿る研究も進んでいる。日本の国立遺伝子学研究所のサイトに詳しい。

 それによると、日本民族の遺伝子配列は、同じ東アジアの国々の中でもチベット族・あるいはモンゴル族系のカザフ、キルギス、ブリヤート族などが近しいらしい。なるほど、行ったこともないのにどうしてか写真集などでこれらの国々の人々見ると、懐かしいような、昔から知っていたような気になることがある。

 日本は島国で「日本人」とひとくくりにしてしまいがちだけれど、よく考えたら日本だってアイヌ、琉球、大和といった民族から成った経緯があり、厳密な意味では「純血の日本人」はいない。みんな何らかの「混血」の結果である。

 「世界には自分そっくりの人間が3人いる」――。カナダ、モントリオールに住む写真家のFrançois Brunelleさんのサイトを見て驚いた。フランソワ氏は18歳で人物ポートレートを撮り始めて以降、「人間の顔」を追求してきた。家族でもなく、全くの他人なのに、顔のあらゆるパーツが似ていて、笑い方や話し方までそっくり瓜二つ――そのような「そっくりさん」写真は200枚以上あり、サイト上で公開している。もちろん修正は施しておらず、更なる世界のそっくりさんからの連絡も受け付けている。有名人である必要はありません、とのこと。サイトは仏語だが、他に英・西・独・韓・中・露と計7カ国語バージョンで読める。どうしてそんなそっくりさんが存在するのかまでは明らかにはされていない。彼は写真家だから、その不思議を目の前に、撮り続けるだけだ。

 大昔、人類は同じ祖先から生まれ、地球上に広がった。世界のどこか、自分に似た人がひとりふたりいたとしておかしくはない。

 自分のそっくりさんには――会いたいとは思わないけれど。