Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

ストイックであるということ(前編)

 パリ、そこに住むパリジャンという人種は、私にとって一言で「装飾過多」である。おしゃれだと憧れ自分もああなりたいと思った試しがない。怒りを感じた皆さん、どうかここから先は読まないでください。ふんふん、そうか、世の中にはそんな考え方もあるんだな程度に思ってくれた人は、しばしお付き合いいただけたら嬉しい。

 日本純粋培養の私、パリを歩く人を見ていると、服にしろ小物にしろ「何をどうしたらそういう取り合わせになる」と首をひねりたくなるような、色と飾りの組み合わせなのだ。基本「ごてごて大好き」である。ジャック・ドゥミのミュージカル映画は好きだけれど、初めて見た時はさすがに面食らった。出てくる全ての色彩は「どピンク」か「どブルー」であり、この「ど」がなければ何も始まらない。これがフランス映画であり、フランス人はこういう文化で育っているんだ、と納得できるまでに、10回は同じ映画を見直した。誇張でもなんでもない。証拠として渋谷でリバイバル上映されたときのチケットの半券が、今も仏語テキストの表紙の裏にはさんで、大事に取ってある。

 この「ど」付きピンクやブルーは、そっくりそのままフランスにおける愛の色、恋の色、と思われる。人生における全ての事象を『愛』で片づけてきた彼らの歴史と精神そのものを象徴する。彼らにとってそれはそのまま、人間の幸福と結びつく。幸せ度数を図るものさしに、古代よりそれしか持っていないと言うように。

 最近「zen」がもてはやされブームになっているらしい。日本の『無印良品』がヒットし、人気を集めている。“フランス人は、シンプルなデザインの中に「zen」を感じている”と日本発の記事で読んだが、それはどうか。行ってみたがそこまで深いレーゾンテールを引っさげているわけではなさそうだ。我は行く、そこにインテリアの店があるから――というそれだけの単純な理由じゃないか。

 そんなフランスに、今も昔も「ストイック」という精神はあるのか。Stoic、もとはストア学派の哲学者、禁欲・厳粛主義を信奉する人々や学派のこと。自分の欲望を押さえ、情念に動かされず幸福を追求する姿をいう。「あの人はストイックだから」=自分に厳しいから、といった意味で使われる。『人生の短さについて』(岩波文庫)のセネカなんて、ストイックの代名詞みたいな哲学者、兼政治家だった。あの暴君ネロ皇帝の家庭教師ですね。

 フランスには昔、シトー会派というキリスト宗派があった。(今もある)。華美で豪華な式典を繰り広げ、貴族的なクリュニー会に対し、服は染料を用いない白い服のみをきて、食事は質素、労働を旨とする立場をとった。2つの会派の違いは、その教会建築様式に見てとれる。クリュニーに代表される「ゴシック建築」は、パリのノートルダムとかシャルトルの「THE・聖堂」みたいな凛々しい姿を想像すれば一発だ。美を神の創造と同義であると考え、教会を装飾することを神への奉仕と考えた。だからとこまでも天に届くかのように高く、トンガっていて、内部はステンドガラスで輝き、たくさんの華美な彫刻が施された。対してシトー派に代表されるロマネスク建築は、シンプルそのもの。禁欲的な生活を送った修道僧の思想がそのまま反映されたような空間で、一切の装飾がそぎ落とされているのが特徴だ。小さな窓から差し込む光以外、何もない。教会は大都市ではなく、人里離れた静かな山奥にひっそりと造られた。 

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 私をはじめてフランスに駆り立てたのが、この「何もない、ストイックな空間」だった。9~12世紀頃のロマネスク建築が、特にフランスの田舎町に点在していると知り、なんとしてもそこへ行き、自分の眼で確かめてみないことには居られなかった。これが絵画や写真であれば、ある程度までは、詳細を学ぶことができる。でも建築だけは、実際に行き、触れて、その「空間」に自ら立たねば何ひとつ分からないと思った。二十代ちょうど半ばだった私は、ザック一つで秋のヨーロッパに向かい、そのまましばらく、世界を放浪することになる。(これはまた、別のハナシ)

  9月にパリに来て、10月も半ばの、フランス南部の田舎町をヒッチハイクで転々とした。秋の陽はどこまでも高く、私はロマネスク建築の書かれた一枚の地図を手に、それらを一つ一つ回って行った。世界遺産にも登録されているAbbaye de Fontenay (フォントネ―修道院)から、プロヴァンスの三姉妹と呼ばれるル・トロネ、シルヴァカーヌ、セナンクを回った。修道院は簡素ながら、宿泊施設を持つところが多く、私はそのままコンクのサンフォア修道院を抜け、スペインのサンディアゴ・コンポステーラ巡礼の道を、ひとり、最後まで辿ることになるのである。

 今ふと思い返し、こりゃストイックだなあと感心するのは、当時の私のほうである。全てに必死だったし、後がないから、手探りで進むしかなかった。結構大変だったんだ。

 ストイックに物事を付き進んでいる人間を――私は笑えない。世の中は、少なくとも私が発つ前の日本は「もっと気楽に、もっと力を抜いて」頑張らない、考えない、という方向に進んでいるように思えた。真っ赤な顔をして、頬をふくらまして、汗をだらだら流しながら、踏ん張る人間をどこかみんなで笑う風潮があった。クールであるのがカッコいいみたいな、でも本当のクールって、物事を必死に成し遂げた人間だけが知る、オトナの余裕のことなんじゃないか。

 セネカを引っ張り出したあたりから話がおかしくなってしまった。私がこの「ストイックであるということ」というタイトルで書こうとあたためていたのは、実は、全く違うパリの風景だったのだ。

 セネカめ。〈後編へ続く〉