Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

大統領の辞任 

 またまた映画授業のネタである。本日のお題は「フランスと政治」。アメリカほど「政治映画」が盛んとも思えないこの国。権力監視としてのジャーナリズムがまっとうに機能していない、あるいはスキャンダルの追っかけに忙しいからか。ともあれ、そんなフランス政府の内幕を描いた近年の秀逸作品が『L'Exercice de l'Etat』(2012:ピエール・ショレール監督) だ。日本では公開されておらずamazonで検索したところ、昨年DVDのみ発売されていた。タイトル:『大臣と影の男』。

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 2011年のフランス・ベルギー合作で、翌年カンヌで初公開された。セザール賞では作品賞はじめ11部門でノミネート、脚本賞等受賞している。ストーリーは、派閥に属さない運輸大臣のジルが主人公。秘書官、報道顧問など有能な側近に恵まれているが、やがて国鉄駅民営化をめぐる各省庁の駆け引き、熾烈な争いに巻き込まれて行く――という、まあどこの国でもこの手の話は尽きない、という展開。金、地位、名誉を巡るオトナたちの泥仕合をほぼ直球で描くショレール監督の手腕はなかなか。フランス的シュールな映像が盛り込まれ、なるほど、日本で劇場公開は難しかったのだと納得。なんだかんだ言って「内幕モノ」は好きだ。わけのわからないセンチメンタル映画やロードムービーより、行動する中に人間たちの思惑がきちんと読みとれる作品が。

 『政治』がテーマだったおかげで、授業前半はフランス内閣における制度について講義形式となり、後半はそれをもとにディスカッションで進められた。私は例によって「うんちくはいいから、早く映画の続きを」とそわそわしていたが。大統領の選出方法だのをおさらいしている時、ふと、ある大統領の辞任演説を思い出した。ジョージ・ワシントンも、ニクソンも、シャルル・ドゴールも成しえなかった、おそらく私が知る中で、世界で最もすてきな、哀愁に満ちた、愛すべき辞任演説である。

 マーク・ストランド氏というカナダ生まれ、アメリカで活躍した詩人の書いた短編小説、その名も『The President's Resignation』(大統領の辞任)

 『The New yorker』という昔、超有名だった(今はどういう位置づけか本当のところよく分からない)アメリカの文芸誌に1979年、掲載された。パリでも実は買うことができるのだが、ネット版が充実しているので特に不自由は感じない。作品アーカイブ化も進んでいる。「古き良き時代」と一部の人にカリスマ視される作品はたいてい、ここで一覧することができる。(もちろん作品そのものが読めるわけではない)

 この短編小説の大統領は、気象マニアである。多くの予算を国立気象博物館につぎ込み、そのさよなら演説でさえも、気象一筋で語られる。まずは「気象という偉大なる大義の中で労働する人々のために――」かつて語られたはずの誓願に、想いを馳せる。

 気象に携わる人々について、「彼らは風を計り、雨を予測し、自らの身を何世代にも及ぶ日々の重ねに捧げてきた人々」と定義する。『点の記』の作者、新田次郎が聞いたら、どんなに心を震わせたことか。大統領は言う。

「私は常に変化せぬもののために、行動にあらがうもののために、人間の心の真ん中の静謐のために語ってきた」と。 

 マーク・ストランドには『Keeping Things Whole』(物事を崩さぬために)という詩がある。We all reasons for moving, I move to keep things whole.(僕らはみんな、動くための理由を持っているけれど、僕が動くのは、物事を崩さぬため:訳は村上春樹氏による中公文庫『犬の人生』を参照) 気象という、一見ころころと変わり、移り気で、ひとときも同じでない自然現象の中にこそ、絶対的な普遍を見出すコントラストが面白い。

 閣僚の皆に対しては「多くの時間が皆さんのために、チェーホフを読むことに費やされた。そのあとには我々の非重要性だけが残った」と回顧する。自分たちは200年後どころか、2年後には忘れ去られる存在であることを。

 そして最後に、友人たちよ、と語りかける。気象というものが持つ意味をいったいどう説明しよう。散文のような無意味な自らの人生に彩りを与えた気象をあらゆる角度から賛美し、これからも尚、空を見上げつづける決意を述べて、別れの言葉とする。

 2年どころか1年前の首相の顔も思い出せない国もある。こんな大統領の納める国家なら、国民たちもさぞチャーミングだろう。空を見上げる。パリの夏は近い。