Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

ふたたびヤニス・マーシャルのこと 欧州爆走中。

 先週あれ、ヤニスのレッスンないのかなぁ、と思ってHpとフェイスブックをのぞいたら、先週の振りの動画がアップされていた。でもクラスのみんながどうも知らない顔ばかりだし、ってか教室が違う。あれ~、と思ってバックのガラス戸をよくみてみたら、ロンドンって書いてある。はあ、さくっとロンドンいってたみたい。そりゃあ、パリから2時間だもんね。東京から大阪行くより早いもんね。で、ついでにテレビ出演も済ませてたみたい。ってこっちがメインだったのかな。ダンスバトルのファイナルに残っていたようだ。米国の番組は以前このブログでも紹介したけれど、イギリスにもあったんですね。そりゃあるがな。


YANIS MARSHALL CHOREOGRAPHY. "ON THE ...

この審査員の唖然ぶりというか・・・冷静な(英国的な)反応がイケてます。


Sound the alarm! It's Yanis Marshall, Arnaud and ...

只今、レッスン帰宅後、追記。いやあ・・・本日もすごかった、ヤニス。

レッスン中、いろいろ思うところがあり、ヤニスのデモを眼前でみたら、もうそのあまりの凄さに涙さえ浮かんでしまった。(そんな生徒は私一人である。間違っても)だって、振り写しでアン・ドウ・トロワってみんなでついて行って、自分が「こうだな」って理解して体得した振りと、いざ目の前でヤニスが曲に合わせてみんなの前で初披露する踊りは、、、あ~ま~り~に~、天と地。この世とあの世、紀元前エジプトと2048年の冥王星、ぐらいの違いがある、ありすぎるのです。

 ヤニスの何がすごいか。ちまちましてないとこ。大陸的スケール感、でかさです。さすがNY仕込み。彼の場合、クラシックの基礎を徹底的に(ちょろっとやったとか、仕方なくやったとかじゃなく、ものすっごく努力して)強制的に叩きこんだ、「習得した」感がある。(作品上では決してひけらかしていない所もいい)自分の表現したいムーブメントのために。だから、ジャズも、リリカルも、どんだけハードでラピッドに(早く)なろうとも、動きは絶対「雑」になることはない。8カウントは、彼に与えられた瞬間に、宇宙みたいに膨張する。横方向の広がりを見せる。それが私たち生徒に、波のように伝わる。毎回。

 この逆のパターンを知っている。振り自体は大きく見せよう、大きく動こうと造っている「意図」は感じられるのに、何故か空間が詰まっちゃって、小さく、息苦しく見えてしまうダンサー。柔軟性を含めた身体能力は決して悪くないのに、どうしてか、スモールワールドの中で、閉じこもっちゃっている人。コンテに多い。

 個人所感。ルーブルだのオルセーいっても、ロダンの彫刻見ても、どんだけ歴史的・世界的・人類的な価値があろうと、今や何の感動もしなくなってしまった。立っていられないほど足が震え、心臓がバクバクし、内臓を素手で掴まれるような「カンドー」は、若いうちだけの特権だと思ってた。実際、30越えてから殆どない。小説読んだってそうだ。ああ、またこのパターンじゃねえか、と。

 でもだからって、下手に老成したそぶりをみせたり、世を分かったようにハスに構えてみたり、隠居老人みたいな精神でいたくはない。なぜって、ちゃんと、こうして「がくぜんとできる自分」がまだ、ちゃんといたから。目の前の、太刀打ちできないほどスゲーものに対して、拍手も忘れてがっくりとその場に膝を落とせる(ついでに涙さえ潤んで)自分が、まだ、ちゃんといたから。・・・・って書くと、「ヤニスで感動できるって、ずいぶん安上がりだね」とか「落ちたもんだ、お前も」とかさんざん馬鹿にされそうだ。

 なんとでも言え。何も怖くない。

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