Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

Un message impérial 『皇帝の使者』 カフカ短編/仏語版

 原題はフランツ・カフカの『Eine Kaiserliche Botschaft』(1919)寓話集、たぶんページにしたら2ページぐらいで収まってしまう、さくっとした短編である。

 必要があって、というか急に思い立って、これを読み直すことにした。と言っても、日本語版も持っていないし、ましてやネットで出てくるドイツ語原文は読めません。

 ここはフランス。仕方なくフランス版ヤフーでドイツ語タイトルを入れ、francaise text と検索すると、さくっと全文が出てくる。短いので、Bnf(国立図書館)だの、PDFだののお世話になることもなく、結構地の文で全文掲載されちゃっている。小心者の私、著作権とかホーリツとかそういった方面、大丈夫なのかしら、と不安がよぎるも、仏語版「Un message impérial」(タイトルだけでもなんかすっごい違和感・・・)を読み解くしかない。「短い」ということ、それだけが今の私の希望の綱である。読み出せば、きっとゴールは近い。が、がんばれ。

 話の筋だけならけっこう分かりやすい。要は、皇帝が死の床から「君」に、伝言を送る。使者は強い肉体を持った者で、「君」へ向けて走り出すが、行けども行けども、宮殿の中すら抜けられない。そうこうしているうちに、皇帝はとっくに亡くなり、しかし「君」は、来るはずの使者の伝言をいつまでも待ち続けている、というラストシーン。

 このいかにもカフカ的な話をフランス語で読むという強行手段もどうかと自分では思うけれど――ー(笑)、それは事情が事情なため。うまいワインは旅をしない。やっぱりその土地のものはその土地のもので味わわないと。あ、ちょっと違う。全然違う(笑)強いて言えば、椿姫をドイツ語とかで読んだようなものでしょうか。あ、あんまりこれは違和感ないか。うまい例えが見つからないけれど、すみません。

 それはさておき。この話のポイントとしては(1)「皇帝」と「君」の関係性とはいかに? (2)皇帝が使者に伝えた「伝言」の内容とはいったい何だったのか? (3)この宮殿って、いったいどういう設計になっているんだ?行けども走れども、強靭な使者は、そこを抜け出ることすらできない。胸には皇帝のしるしである太陽の紋章があり、行く手を阻む者はいない筈なのに。(4)何故、「君」は、皇帝からその伝言が来るということを知っているのか、そして皇帝亡きあともひたすらそれを「待ち」続けているのか。

 まあ、カフカだ。古今東西、素人からプロフェッショナルまで、いろんな解釈があることだろう。私が仏語版から最初にピックアップした点は以上4点。よく国家と個人の関係に例えられることが多いみたいだけれど、そういう解釈って、欧州人が好きなのか、それとも学会や研究者が好きなのか?こうした「大きい視点」は、論じる点がたくさんあるから、いじくりまわすのには、何かと好都合なのかもしれない。

 私的には、この走れメロスばりの「使者」くんに、最も共感というか、興味しんしんである。いちおう、普段から鍛えていそうだから、途中で心不全でバッタリ、とかはなさそうだし。輝かしい胸の太陽マークを名刺代わりに使命背負って走っているんだから、途中でエイドステーションみたいに、みんなが水分だのビタミンゼリーだの補給してくれてたらいいのだけれど、と勝手に想像する。昔だから、栄養不足のまま走りつづけてたら脚気になるじゃん、とか余計な心配をしたりして。(最近私はビタミンB系が不足し、ふらふらと貧血気味で、ついにスーパーで安いビタミンB剤を購入した。運動する者には欠かせないのだ)にも関わらず、階段を駆け下りて、中庭を突き抜けても、まだなお第二の宮殿が立ちはだかり、決して「君」のもとへ辿りつくことはできないのだ。もうふくらはぎはパンパン、どこかで医療マッサージも必要だし、使者といえど、睡眠だってとらなくては走りつづけることはできない。使者はどこかの時点で伝えられただろうか、その伝言の主は既に亡き人になっていることを。それでもなお、走るのをやめなかったのは、目的を達せようとしたのは、彼、その人自身の意志か。

 やはりカフカ的なことを書き、考えるのにはあのドイツの空気(チェコでもいいけど)と、ドイツ語なんだろうなあ、とつくづく思う。

 フランス語でカフカは・・・(笑)愛を語る言葉とは、決定的に、根本的に『思考の構築回路』が異なる気がして。