Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

Coupe du Monde『les Bleus』(サッカーワールドカップ・フランス)- Vu de Suisse : pourquoi la France va perdre ?

 サッカーW杯の記事はフランスの新聞「Le Monde/ル・モンド」と「Le Figaro/ル・フィガロ」をあてにしている。最初に出てくる動画とか広告系サイトがやたら重くて最初いらっとするけれど、まあ記事内容は確か。見栄えもスッキリ。しかし最近はスマホ人気に押されてか(電車や地下鉄の中でみんなスマホで試合を見ている)以外にもヤフーフランスの論説陣が独自推測の議論を戦わせていたりして(これが結構ジェントルで聞いていると面白い)なるほど、2014年現在、利用者はこっちへ流れているのか、とも思う。今夜はフランス代表は対スイス戦。我がダンスレッスンは21時15分終了予定だが、ちょうど試合開始時間。行ったら誰もいなかった、スタッフさえみんなでビール飲みながら画面の前で・・・なんてことになっても、予想の範囲内である。いまさら多少のことでは動じない。

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 昨夜の日本対ギリシャ戦引き分けは、フランス時間今朝になって両紙とも4行アップされている。さくっと結果のみ。英語で検索したら、英国紙は試合内容を酷評。

 フィガロにhondaコメントが短くのった。Honda : «Ce sera une finale» a déclaré Keisuke Honda après le nul entre le Japon et la Grèce (0-0). ホンダは日本とギリシャの引き分けの後に語った。「我々はこのゲームで切り替えることができなかった。次(第3試合)が最後になるだろう。我々は修正しなければ」どうもフランス語からだとうまくニュアンスが訳せない。こういういい方は、していないと思うけど。こういうとき、逆・言語ストレスという名の、高く厚い壁の存在を感じる。ハーネスもつけず、ハーケンも使わず、素手で取っ組みながら、硬い岩の壁を四本の手足で蜘蛛のようにしがみついてクライミングする様な。

 ところでサッカー:フランス代表は Équipe de France de footbal。愛称は Les bleus (青の複数形だ)W杯、コンフェデレーション、欧州選手権、五輪の全てを制したことのある唯一の国であり、FIFAランキング首位経験ある7カ国のうちのひとつ、一応強豪国なのである。例によって例の如く、黄金期と暗黒時代を経て、1998年頃からじだんという救世主によってフランスサッカー界は変容を遂げざるをえなくなっていく。いろんな意味において。

 2000年以降、おそらくフランス/サッカーがニュース紙面をにぎわわせてきたのは、移民、あるいは社会問題と絡んでのことだ。少し前の記事になるが、英国人・サッカージャーナリストSimon Kuper(1969年)の分析が印象的だった。

 ※ちなみにクーパー氏は人類学者の父をもち、アフリカ生まれのオランダ育ち、オックスフォード出。サッカーと政治をテーマに22カ国を放浪して書いた『Football Against the Enemy』が面白い(そのとき彼は22歳だった)。以後、フィナンシャルタイムズの記者などを経て、英国でかなり影響力のあるジャーナリストと私は思う。

「フランスに関して。特に若い世代が自分たちを強く表現したがっている。肌の色に関する問題もある。若者は必ずしも白人の、中年男性の指示に耳を貸そうとはしない。フランス代表チームの内紛で、こうした点はあまり気づかれていない。ローラン・ブランのような白人・年上の世代の男性と、フランスの都市郊外の民族居住地域で育った若い選手たちの間に存在する『コミュニケーションギャップ』について。ほとんど別の言語を話しているのと同じである」 

 フランスサッカーは、社会の縮図、とまで言われる。「Bleu-Blanc-Rouge(青・白・赤)」「Black-Blanc-Beur」というそうだ。黒人・白人・アラブ系移民、の意。実際、フランスサッカーを支えてきたのは、移民系選手だった。98年優勝の際はジダン(アルジェリア系)筆頭に6人が移民。実際、第2次大戦後、フランスは北アフリカから多くの労働力を受け入れ、その子らを社会になじませるのにサッカーは有用な手段だった。移民の家庭は概して貧しく、サッカー選手に大きな大きな夢を賭けた。彼らは、幸いにも、それを夢で終わらせない、優れた身体能力を持ち合わせていた。

 「マルセイエーズを歌えないものにフランス代表が務まるか」という極右政党の発言も、大問題になった。フランスだけではないと思う。お隣ドイツやイタリア、オランダ、スペインといった強豪国もまた同様「サッカーと移民問題」は限りなく深刻で誰にとっても無関係でいられない問題みたいだ。

 日本人の活躍ぶりを通してしか世界を知ることができないのではさみしい。

 いいところも、複雑さも含めて、わたしは欧州に触れたい。

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