Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

コメディという名のダンス~~『 新世界より』 part4

 十何年か前、20代半ばで初めてフランスにバックパックひとつでやってきた時のこと。南のほうの人里離れたロマネスク教会を回った。10月も終わりに差し掛かり、とっくにシーズンオフに入っていた。もともと公共交通機関が少ないうえ、行ったはいいが、目的地に辿り着く手段なぞ皆無である。人生初の『ヒッチハイク』で、私を拾ってくれたのは、赤くて可愛い名前も知らない車だった。運転していたのは30代、ちょうど今の私ぐらいの女性。フランス語で会話を交わしたと思う。そんなに難しい話じゃなかったから。どこから来たのか、どこまで行きたいのか、どれぐらいあそこで待ってたの?今晩泊まるところはあるの?ひと通り予想される話題が済むと「で、あんた日本で何やってるヒト?」正直に応えたあと、私は相手にも訊き返した。単語一言、「コメディアン」。

 衝撃的であった。人生初の、しかも外国の、ドッキドキもんのヒッチハイクをした上、相手は生まれて初めて出会った「コメディアン」さんである。しかも顔立ちの整った、美しい女性だ。「女優」とか「モデル」とか「作家の愛人」とか言ってくれたほうがまだ普通だ。確率は低いとは言えないけれど、私は日本で、かのような状況が日常的、という環境で暮らしていたわけでないので、若干心の準備がなく面食らった(若かった)。はあ、こ、コメディアンさんですか。それはそれは、大層、お忙しい御商売で。

 それから何を話したか、実はあまり記憶にない。それほど長い道のりでなかったけれど、MDの音楽をかけてくれた気がする。それから彼女はその「コメディアン」の仕事内容について解説を加えてくれた気もするのだけれど、高度すぎて理解できなかったのか、それとも忘れてしまったのか、よく覚えていない。 

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 さて本日、雨の六月の土曜。写真はちょっとしたジョーク、Ça sent l'été!!!(夏だ!)というタイトル。実はパリは夏なんか永遠に来ないんじゃないかと思うほど寒い。あるいは先週で夏が終わってしまい、もうこれは秋雨なのかもしれない。せっかく始まったソルド(半年に一度のセール)の出足もこれじゃクジカレテしまう。

 しつこく、ダンス『新世界より』ネタを引っ張る。振付2回目のこの教師のクラス、先週stage(研修)にも参加したりしながら「結果」を粘り強く、こちらから提示し続けていく。と、みてる人間はみてる。毎回ちょっとした周囲の変化を感じる。

 2回目の今日で振付は最後まで完。あらら早いのなんの。ストリートジャズばりばりのクラスで、クラシックを引っ張り出してきた教師の真意、(まあ何となく予想はできたけれど)随所の説明で確信できた。

 要は「クラシックでクラシックをやるな。本気のコメディをみせてくれ」。――これ、コメディ作品だったのね・・・。どんなにキメポーズでも「これはマイケル・ジャクソンじゃない!」1)完全に理性を突き抜け、2)「あっち側」に飛んじゃってる感を、3)超真剣、超大真面目に、求めた。

 コメディという名のダンス――一同に課したのはその一点。

 でも考えてみれば、『コメディ』って、何だろう。要するに『喜劇』?人を笑わせること?フランス語で言うならドロール(可笑しみ)、マジでもなく、「悲劇」でないもの?ユーモアであって、ペーソスの裏返しであるもの?

 「コメディミュージカル」というジャンル。ウィキによると「ミュージカル映画のサブジャンルは『コメディ』であり、通常の筋書きに加えて歌、ダンスなど強いユーモアの特性を持つ」とあるけれど、全てじゃない。だって私が初めてホンモノのミュージカルに触れたのは15歳の時、感動の嵐『ミス・サイゴン』だぞ(笑)!

 教師Jはその昔、パリにある某テーマパークダンサーを長く勤めていた。幸せと夢溢れる魔法の国だ。Laughter is timeless. Imagination has no age. And dreams are forever.(笑いは時を越える、想像力に年齢はない、夢は永遠)と信じられている場所。

 踊りたい理由は人それぞれだが――こと、Jやこの教師のもとに集う仲間らのように「ストリートダンス」を選んだ彼らの場合、究極「楽しくなりたい」「幸せになりたいから」という気持ちが、人一倍、強いのかも知れない。年齢も技術も経験も、みんなバラバラなのに、踊る「靴」さえ持っていれば誰でも踊ることができる、ストリートジャズ。仕事だって生活だって10人いれば全員違うのに、3分なり5分なりの曲のために、大の大人が大真面目に息を切らしてJについていく。“発表会”があるわけでもないのに。マラソンとか、水泳とか、テニスとか、サッカーをみるとか、人生にはもっと別の種類の楽しみやストレスの発散方法もある。でも彼らはどういうわけか、自らそれを選び取り、踊っている。このスタイルで。同じ教師のもとで。私が彼らの作品から感じる「一体感」みたいなものの出どころの秘密が、垣間見えた気がした。

 Jはまだ、信じているのかもしれない。Inside every sophisticated grownup adult is a little kid just dying to get out.(どんな洗練された大人の中にだって、外に出たくってしょうがない子供は居るんだ)という言葉を。彼は十年近く、夢の世界で喜劇を演じていた。嫌なことも厳しさも山ほど知ってるだろう。そんな彼だから、本気で、ホントの、コメディ作品を(気まぐれにせよ)生徒たちに与えることができる。

 コメディを踊るには力がいる。想像もしなかったほどの、強いコントロールがいる。意志の力が要る。未来をとことん信じ込む力が要る。不可能なことをできると信じ込ませる力が要る。何より、夢見る力が要る。そのことを。