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Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

ダンサーの社会的責任(1)Tamara Rojo/タマラ・ロホ、Alina Cojocaru/アリーナ・コジョカル 英国ダンサーの事例

Danse

 前回ディアナ・ヴィシニョーワの財団設立の意図に触れ『(バレエ)ダンサーの社会的使命・あるいは責任』についてダンサーの実例を数回連続で取り上げる。

 第1回はイングリッシュ・ナショナル・バレエ率いる今や芸術監督として手腕を振るうタマラ・ロホと、そのENBにロイヤルを辞し移籍したアリーナ・コジョカルのそれぞれの活動について。

 1)タマラ・ロホ率いるENBパーキンソン病患者ダンスプロジェクト

 ロホのロイヤル引退時の2012年10月6日付、英国「The guardian(ガーディアン)」紙のインタビューで知った。余談だが、この新聞は決して「インテリジェント」でなく、きっとそれなりの社会的立場の人だったらフィナンシャルタイムズなんかを読まないと世間的にはちょっと、という顔をされるといったカラーだけれど、文化欄が読み物としてストライクを放つ確率が高く、個人的に「外れない」と思っている。欧州におけるブックレビューとダンス評論はガーディアンをあてにすることが多い。「当たり障りのない、やっつけ仕事で書いた記事」がない。

 この時のロホにも、多忙な中をインタビュアーが良くひっついて回り、彼女のホンネを多方面に渡って引き出しているなあ、という印象を受ける。

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Tamara Rojo: 'It's better to jump off while you're at the peak' | Stage | The Guardian

 要約すると頂点にいる時に引退することについて。ENBでの芸術監督就任の経緯と一日の息つく間もない生活サイクル。彼女は古典を踊りつづける中で、クリエイター(つまり現代振付家)との仕事の機会がなかったことが、唯一の困難な点であったといい、今後自らのカンパニーやダンサーたちにはそのような方向性を多く与えたいと語る。印象的だったのは、次の個所。

I have been very fortunate to have danced and worked with amazing people, but now it's a moment to make it bigger than me. Your actions can have an effect beyond yourself, and more importantly into the art form itself, and hopefully into society too. I like the fact that you can change the world a little, bring it to more people. We're doing dance for Parkinson's [they run classes for people with the disease] and outreach work for children."

(訳)自分のダンスのキャリアは、まさにこの時のためだったのではないかと考えていた、と語った後で「私が踊り続けてこられて、素晴らしい人々とともに働いてこられたのは非常に幸運なことだった。今、それをより大きなものに広げてゆく時なのです。自らの行動が、自身を超えた効果をもち、踊りという芸術形式は、社会そのものに影響を与え得る。より多くの人々に、バレエを届け、そのことによって、結果、世界をほんの僅かでも、変更することができる、という事実が私は好きですね。私たちは、パーキンソン病[の子供たちのためのクラスを実施している]、アウトリーチ活動のダンスをしています。」

 調べてみると、ENBは2010年よりパイロット事業として「ポール・ハムリン財団」

Paul Hamlyn Foundation ~ English National Ballet ~ Case studies ~ Open Grants ~ ArtsEnglish National Ballet の資金調達を経て、ロンドンで定期的にダンスクラスの提供を試みている。ダンスや音楽を「治療的に」介入するのでなく、ENBはこの病気の患者に対する提供プログラムを自主的に解析しようと、ローパンプトン大学の研究者を招聘し、身体的、心理的なメリットを解明するに至った。

 インタビューでも語っているように、芸術評議会から15%の資金削減を受けた荒波の中での監督就任であり、社会的活動の余裕など、ないに等しいだろう。それでもロホやバレエ団の信念に基づいてこのような地道な活動が行われていることは、あまり知られていない。

2)アリーナ・コジョカル『An Evening for Hospices of Hope, Sadler's Wells Theatre』

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 コジョカルは出身国ルーマニアの首都、ブカレストに末期患者のためのホスピスを建設するプロジェクトを持っている。(既に建設中)初めてチャリティーガラを行ったのが2008年。世界各バレエ団からそうそうたるダンサーが、彼女の夢のため集まった。2013年、英国発の『The art desks』のレポートで知りその一週間前に掲載済みの「コジョカルへの10の質問」の記事の中で、この『Hospices of Hope』プロジェクトの詳しい趣旨と経緯を知った。彼女が一個人として、またバレエ芸術が祖国ルーマニアに何ができるかを考えた点が興味深い。

・2013年のガラレポート:An Evening for Hospices of Hope, Sadler's Wells Theatre | Dance reviews, news & interviews | The Arts Desk

・コジョカルへ10の質問:10 Questions for Ballerina Alina Cojocaru | Dance reviews, news & interviews | The Arts Desk

 両インタビューによれば、2008年の段階では依頼された仕事であり、その後、収益金をもとに、公約通りホスピス建設が進行。コジョカルは現場を視察し、信頼を深めた。祖国ルーマニアのため何らかの形で援助がしたいと彼女はずっと考えていた。よって、第2回は自ら企画、運営を手掛け、自らダンサーに出演依頼をとりつけ、一夜限りの公演を成功に導いた。

 オランダ国立バレエからマシュー・ゴールディング、パリ・オペラ座からはイザベル、シアラヴォラなどそうそうたる顔ぶれ。またルーマニアのバレエ学校から招いた11~13歳の3人のダンサーに、コボー振付の小作品を踊ってもらった。この年代の生徒に、プロのダンサーと同じ舞台を踏むという経験を持ってほしかったこと、また観客にも祖国のバレエ学校を知ってほしかったという2つの理由からだ。

 彼女の上記二つのインタビューは非常に具体的で、説得力がある。時はおりしもルーマニアがEU(欧州連合)加盟の不安定な時期に重なる。9歳からキエフ、16歳でロンドンでバレエ人生を歩んできた彼女は言う。「私はやはりルーマニア人ですから」

'I feel I have a purpose. It's using the art form for a human cause'――〈訳〉私は目的を感じます。人間の大義のため芸術という表現を使っているのだと。