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Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

la Nuit de Musée du Louvre / チュイルリー公園、夏の移動遊園地 

Danse Paris,France

 今夜、5.6.7と3カ月通ったダンスレッスンが終わった。週に5日休まず通った教師Jのクラスは、これから6週間のバカンスに入る。次に会うのはもうフランスの秋まっただ中。フランス人は夏に5週間の休暇が法律で定められており、7月に入ってからは、バカンス7月組(たいてい7月組と8月組に分かれる)がごっそり居なくなった。クラスも3人、4人の日さえあった。私自身も、最後の最後でアマチュアレベルのJのクラスを続けることに意味を見いだせず(自分自身に)腹を立てたり、物足りなく思い、パリ道場破りと称して、色々浮気した(笑)(←7月のパリダンサー図鑑の充実ぶり、あるいはヤニスのスタージュでバレバレだ)クラスのビデオ撮りも出ず、私がJのもと、誰より3カ月間頑張ったという記録の何ひとつ、残らなかった。

 私をフランスに留め、ダンスの世界に引き戻したのはひとえにストリートジャズ教師、Jと出会ったおかげだ。多くの情熱を注いだ一方、言葉の壁も感じた。もっと分かり合いたかったし、何とか努力して伝えたかった。でも最後学んだのは、そうやって思いを込めて積み上げてきたものを失うのは、ほんの一瞬、という苦い経験だった。

 夏の間、パリのあらゆるダンススタジオは閉まり、講師は2カ月近くおらず。開いているのはマレ地区にある有名どころのみだが、そこも海外からの招待講師が「一か月、観光兼ねて稼ぎにやってきました」的なおそまつレベルだ。夏にパリで踊ろうなどと考えてはいけない。NYに行けば良かった――と。

 今日はこれまでのコレ(振付)でなく、年度最後の日とあって、初心者でもOKのボディジャム系、カーボ系プログラムに近い内容。ダンスとは程遠いが、最後まで頑張っているJを見て、ああ、最後こうして少なくとも参戦できたし、まあいっか、と思うことにした。ダンサーといえど、ジムスタジオの一講師で、雇用される側。万人受けの特別プログラムで、人気を保っていられるうちはまだいい。ダンサー、厳しい職業だ。

 最後に一言だけ、ようやく三カ月のお礼を言えた。軽くビズを交わし、ま、終わりよしでいっか、と、改めてそういう気になれた。フランス人の時間の流れ方、考え方、習慣、そういうものを肌で理解するのは、きっと、時間がかかることなのだ。ひとつひとつ、間違いながら、後悔もしながら、からだじゅう、切り傷作って学んでいくしかない。少なくとも、呼吸を止めて、深海魚みたいに過ごしていた日本でのこれまでより、遥かにましだ。どれほどカッコ悪くても、ダサくても、胸を張って「生きている」と言えるように。

 クラスが終わって、これからチュイルリーの夜間遊園地に遊びに行くメンバーたちに別れを告げ、私はひとり、夜のルーブルに向かった。初めて訪れたのは2005年の夏の終わりだった。ただただ欧州の歴史と芸術と美の厚みに、圧倒された。まさか9年後、この地に住んで何かを必死で掴もうともがいているなど、夢にも思わなかった。

 光が、夜のけだるい空気に溶けて緩んでいた。恋人たちが語り合う姿があった。すぐ隣に、皆が向かったであろう、夏の風物詩:チュイルリー公園の「移動遊園地」のあかりが見えた。La Fête foraine des Tuileries revient ! 

 ディズニーランドも真っ青の、60の本格アトラクションが、夏の間だけメルヘンなパリを作り上げる。

 ルーブルから見た、チュイルリーの大きな観覧車は、人々の夏の夜の夢を乗せて、空に、青い光の円弧をいつまでも描いていた。 

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