Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

哀しみと、哀しみよりもっと苦いもの

 以前紹介したポーランドの作家、オルガ・トカルチュク『昼の家、夜の家』より

Book『House of Day, House of Night /昼の家、夜の家』 オルガ・トカルチュク Olga Tokarczuk - Entre la poire et le fromage

〈哀しみと、哀しみよりももっと苦いもの〉の章を読んでいて。ジュリアン先生というコンテの振付家の先生が居るのだけれど、私はこの、ひたひたと、硬質な水のような文章を読むと、彼の知性に貫かれた振付を思い出す。コンテとは、そもそもそのような思考の舞踊、生き方としてのダンス、であると。

★エルゴ、というこの章の主人公は、ラテン語よりもギリシア語の方が好きだった。彼にとってはこれがほんとうの言葉、に思われた。美しく、高らかに、ろうろうと響く言語。幾何学的で、調和がある世界。神がいるなら、きっとギリシア語を話している。

★彼の家は古い、石造りの一室。週一回、家政婦が掃除に来るのみ。彼はポットでお茶を入れて、プラトンを読む。長い一文を読み砕く人生の幸せ。深い意味を見つける。湯が冷めていく。白いページの文字の連なり、彼の眼、知性、彼の人間性、最高の逃げ場だ。世界は開かれた安全性。叡智とは、お茶のようにエネルギーを与えてくれる。

――この短い章での結末は、エルゴはオオカミの妄想にはまってゆくのだが、それは別に、ダンスとも、ジュリアン先生ともなんの関係もありません(笑)ほんとうに。

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『人のいるところには、必ず最低のものと最高のものがあるの。

 憎むことにエネルギーを無駄遣いしてはいけない。最高のものを探し続けなさい。

 流れに身をまかせて、謙虚でいなさい。

     山で教わったことを大切にして、いつでも人々を助けなさい。

 憎しみは、無差別にあなたの細胞までを傷つけてしまう』

         ――――『Ohkoku 1』 Banana Yoshimoto,  Auther Japonaise