Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

分析力と女ぎらい――英国紳士に学ぶ 『四つの署名』 グラナダ版:シャーロック・ホームズ

 最近グラナダ版の「シャーロック・ホームズの冒険」を見ている。何故ならフランスにはここまでしっかりとして味わいのある推理小説が(単に私の肌に合わないだけなのかも知れないけど)ないから。手持ちのSH新潮文庫も限られているし。字幕でないのが残念だが、某サーバーから正規会員登録をすれば、パリ夕刻15:30~18:30に当たる時間以外(アクセス不能)シリーズを見ることができる。

 昨日も『四つの署名』を読んだ後(文庫も持っているし、ネットでも原文で読める)面白いのはたしか前半で、後半、特に最後の種明かしになると、いきなり文章でわけわかんなくなるんだよな~、、、、と思いながら。

 101分という長丁場だが(51分が限界のワタシ)見てみたらこれ、大正解。他にも『ギリシャ語通訳』なんて、兄さんが出てくる/女ってアホな生き物だ、ということぐらいしか内容全く覚えていなかった。たいして謎ときも推理もない作品じゃん、と。ところが、確実に映像化が勝っていて、文章でさらりとしたところも見ごたえあるバージョンに仕上げていて「今さら」ビックリだ。ジェレミーさんのなせる業か、グラナダスタッフの秀逸さか。映像もハナシも、そりゃ確かに古いけれど、人間の根幹なんてそもそも100年では全く変わっていなくて、SHにハマると、もうそのへんのベストセラーだの、ゆる~い私小説・純文学なんぞ存在すら目に入らなくなる(笑)そんなのは個人で墓場に持って行ってからしたためてくれ、と。結局自分の楽しみのため、自分が「なになにが書きたい」とか思ってるヤツはダメなんだよな~・・・。読者が何を読みたいか、何が次の一枚をめくらせるのか、ってことなんだよね。

 フツ―いちど読んだら終わりじゃん、の推理小説が、世界で繰り返し読まれちゃうって他にないんじゃないか。この前、2010年ごろの米国推理ドラマのメイキング映像を見ていたら「どうひっくり返ったって世界で全ての推理小説とサスペンスはホームズが原点だ。これはまぎれもない事実なんだよ」とディレクター力強く断言。――返す言葉もございません。

f:id:kedama-tikku:20130417225208p:plain グラナダ版メアリー・モースタン嬢。

 さて我らがSH氏「四つの署名」に限らず全ての編において、推理をする際、「観察」「分析」「情報収集」を徹底的にする。情報を「理論的」「合理的」に解明し、事件の真相を探る。警察も、その発表を書くだけのマスコミも、これができないわけだ。結局は自分たちの名誉のことしか考えていないわけだからね(笑)

ぼくは当てずっぽうは決してやらない。あれは癖になると大変だ、推理力がだめになってしまうからね」←これ、ホントに人生において考えると、重要なことだとおもう。決して例外は作らない。

 こんなにきれいな女性が出てきても「最も重要なことは、相手の外面的特質によって判断を曇らせてはいけないことだ。僕にとって依頼人は問題の中の一単位、一要素に過ぎない。明確な推理を進める上で情緒的要素は極力排除しなくてはならない」

 だって。「ぼくがこれまで会った中でもっとも心を惹かれた美人は、保険金ほしさに三人の子供を毒殺して死刑になった女だったね」

 極めつけは「女ってやつは信頼できない。よほど立派な女でもだ」

「恋愛は感情的なものだ。すべての感情的なものは僕が何物にも増して尊重している理性とは相容れない。判断を狂わされては困るから僕は一生結婚しないつもりだ」

「女の考えることばかりはわからないからねえ。……女はほんの些細な行動の中に、大きな意味があったり、とんでもないことをやらかすから、調べてみればヘアピン一本のためだったり、カーラーのためだったり、まったく油断がならないよ」

 とはいえ女性に対する態度は紳士。扱い方もよく心得ていらっしゃる。四つの署名は当時の英国紳士的な服装もチェックポイント。

 グラナダ版は聖(正)典を読みこんだ心憎い演出が各所に溢れているのでそれを発見するのも楽しい。最後に「気づかなかったよ」と一言ホームズに言わせるのは、原文では「依頼人の女性のきれいさに」というふうになっていたけれど、どうもドラマの方はさらに一歩踏み込んで「ワトソン君が気があることに」というニュアンスたっぷりの、SHの眼だった気がするけど。演技もここまで行くとさすがだ。

 今、似たような内容の「使い捨てドラマ」が量産され、視聴率だけを競争しているのは米国だけじゃない。欧州各国発、さらに「海外ドラマ」とカッコいいセリフでそれを使いまわしている日本だって同じだ。

 ほんとうにいいもの、人間を描いたものを探すことは、難しくなったのか?いや、そんなことはない。その海は確かに広く、どこを掴んでいいのやら迷うけれど、よく目を凝らして「観察」しよう。問う側の姿勢が試されているだけの問題。