Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ版ホームズ第3シリーズ第15話/The Adventure of the Priory School『プライオリ・スクール』

 これだけみて何のことか分かった貴方は立派なシャーロキアン。『The Adventure of the Priory School』(邦題:プライオリ・スクール)で、グラナダ版第3シリーズ第2話目。これはホームズが書いた現場の見取り図だ。ネットでは英語で全文読めるサイトが幾つもあるけれど、著作権が切れているからとはいえいいのかなぁ、とちょっと不安になりつつ。

          

 日本のNHK放送時順序が他の回と入れ換わっていたらしく、それから私が見ているのはノーカット「完全版」なのだがカットされた部分が別の全然似てない声優さんで埋め合わせされているのでいきなり主人公の声が一つの会話の中で別物、という惨事があちこちに見られるらしい。

 正典では56ある短編小説のうち29番目に発表された作品。ストランドマガジン1904年2月号。ドイル自身も愛好十二作の中に採っている。ストーリーは「生徒の失踪事件に端を発し、手がかりが少ないままにホームズが克明な探索をはじめる」という凡作モノで、シャーロキアンの評としてはベーカー街も出てこず、ヴィクトリア王朝っぽさも味わえず、トリックも非凡なため、それほど好み偏差値は高くないみたい――というのが私の聞いた話である。

 私も子供嫌い、幼稚ぎらい、犬猫ぎらい、ディズニーランド嫌いなので、紳士のホームズに「ガッコ~??」とタイトルだけでひきそうなところ、いや、先入観を持たずして作品に触れる、というのは大事なことだ。収穫はそれなりにあったので、自身のメモ代わりに記す。

【ポイント】ホームズは自転車のタイヤ跡を42種類分別することができる。自転車の走った方向がタイヤ跡から分かるのか、が研究者の議論になったらしい。

【見どころ】*校長の本を読んでいないとスル―するホームズがクールでいい。一瞬の場面なんですがね。

*二代目ワトソン、私的には全く違和感なし。初代に愛着のあった方は3作とか6作とか過ぎるまでは馴染めず、しかし最終的には大きく見守る二代目の方が(期間も長かったので)より原作に近く、ファンのこころを掴む、紳士たる相棒、という図式が成り立っているみたいですが。

*「君は明白な事実を観察できる天才だ」(見えるものしか見ないねという嫌み)に「腹が減った」と返すところなんか大人じゃないですか。 

*この話でシャーロキアンから焦点とされるのは「普段は金に拘らないホームズが今回に限って報奨金ネタを持ちだすこと。グラナダ版ではそれほどでもなかったけれど。「権力」に対して彼流の遊びの範疇かもしれないが、最後には「多すぎます」と言ってるし。(下の項で追加説明)でもその後の微笑みが素敵でした。まあ3年間、チベットだのエジプトだのでしんどい思いで耐え忍んできた彼。(兄に生活費を工面してもらったり)やせ細り、この時の彼がそれでなくても侯爵相手に報酬を求める理由は存在したわけですしね。侯爵側も「希望を(子供のこと)取り戻してくれたのだから」といういいセリフを言わせていますし、決して高くはなかったでしょう。

*さてここでホームズが受け取った報奨金について。当時の英ポンドは日本円で約24,000円。ホームズが通常の事件で依頼者から受け取る報酬額は庶民の場合、25,000円程度が相場だった。しかし大英帝国に寄生する王侯貴族やブルジョアに対しては特に容赦することもなく今回、ホールダネス公爵の差し出した小切手に書かれていたのは12,000ポンド(約2億8,800万円)という試算になる。出典:太田隆 『シャーロック・ホームズの経済学』 青弓社)

*ワトソンが食欲旺盛なのに対して、煙草一本を吹かす痩せたホームズも私的ツボだ。椅子の座り方も背筋が伸びてそれだけで名刺代わり。

 *パリの項でもずっと前に別の話題で書いたけれど、外国では「ぼろはまとえどこころは錦」は通用しない。特にロンドンみたいな、最高のものから最低のものまで集まっているあんな小さな、それでいて全ての中心である街で生きるには、ひと目見ただけで「自分はこういう人間でこういう経歴でこういう者だ」というのを一瞬で分からせる必要がある。ぼろをきてたら貧民だし、上等な帽子、ベストを着ていればそういう階級の人間、ということ。今回もホームズ先生、ワトソンの19世紀ファッション観察を隅から隅までばっちりと。そしてまああの「ホームズ帽」も今回ほど映えたのはないねえ。いつもは221Bの安楽椅子のホームズだけれど、修道院の学校を舞台に、英国らしい平原の中、馬に乗ったり自転車まで乗ってくれちゃったりちょっと見ることのできなかった「課外活動系アクティヴホームズ」さんが見られるので、シリーズ中にはこういう回も新鮮で、マンネリ打開のため大きく役立ちます(笑)

*名門貴族の先祖が牛泥棒。英国風なネタだなあ。イギリスジョークにしてしまうというのは上流知的階級が家柄ネタに敏感な証拠かな。更にこの席で出てきたのが減るファイヤー・クラブ(Hellfire Club)。調べてみると、18世紀に存在した英国の秘密結社で、悪魔主義を標榜。事実上は社交クラブだったらしいが、ベンジャミン・フランクリンも出入りしていたとか。

 おまけ:素敵な帽子たち、上着もね。