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Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ版ホームズ第5シリーズ 第27話 The Disappearance of Lady Frances Carfax『レディフランシスの失踪』

Sherlock

 The Disappearance of Lady Frances Carfax『レディフランシスの失踪』56ある短編小説のうち42番目。1911年。『最後の挨拶』収録。貴夫人失踪に関連する、ちょっと悲しい結末のストーリー。舞台はベーカー街を離れて、ローザンヌ、モンペリエ、ドイツとまたもワトソン大活躍(&大失敗)の巻。ヨーロッパの澄んだ空気が伝わってくるような、美しい映像が悲しさを一層強くする。

 

 *正典では冒頭『トルコ風呂』の話が出てくるのだけれど当然グラナダ版はカット。休暇中のワトソンから届いた手紙の便箋を折りたたみ、一艘のボートを形作ってみせるホームズ。ペーパーウエイト(置物)の人形をチェスに見たてて手紙のストーリーとうまくマッチさせて遊ぶところは映像演出勝ち。またも英国の素敵小物にくぎ付けの私。ラストまで主要な意味を持つのだがもちろん正典にはない演出。

 *いつもは重苦しく閉ざされた犯罪者と陰謀だらけのロンドン、ベーカー街が舞台だけれど、前半はワトソン主導のスイスの湖畔物語(「女性」は彼の担当だからね)とあって明るい印象で進む。「水」と光と空気があってホームズモノには珍しくほっとするのもつかの間。フランシスはシリーズには珍しく、スンごく若くもなくちょっと太めの女優さん。

File:Granada-lady-10.jpg

*今回一言で言うと「ホームズの失敗」。もちろん最初に書いたようにワトソンも大失敗を犯す。短気なところも見せる。でも二人がどんどん手おくれを重ねていくにつれ、ホームズは焦り、ラストの二人が印象的。ホームズは今回の己の至らなさを深く悔い、謝礼についても「受け取れないよ」と低く一言。「悲劇を防げなかったのに」。世界でただ一人のコンサル探偵が大真面目に打ちひしがれている姿、というのもなかなか人間的で、見ごたえがある。彼には彼の想いがあって、仕事に打ち込んできたのだから。それに対して「医師」としてのワトソンは、あくまでフランシスを人間として、生命として、回復に希望を託している。このあたりの異なる人間のスタンスの違いを感じることも、また、まさに世紀を経て読み継がれる「シャーロック・ホームズ」の魅力と今回納得した。トリックだけではない、どこか人間としての経験と成熟を経て理解できるこころの奥底が、推理小説には最も描かれるのかも知れない、と。

*ラストはもの悲しい音楽と、一枚の静止画のような映像で終わる。まるでイタリア絵画のような。アッシジの夕暮れにも似た。

 正典では、ホームズは具体的に冒頭でこんなセリフを言っている。グラナダでは一部言わせているのみ。

「世界で一番危険な人間は、ふらふらして友人のない女性だ。女性自身は害がなく、しばしば非常に有能な人間。しかし必然的に他人の犯罪をあおる。彼女は無力だ。彼女は放浪する。彼女は国から国、ホテルからホテルへと渡り歩くのに十分な手段を持っている。彼女は行方不明になる。まるで狐の中に迷い込んだ鶏だ」

 ホームズの指した人間――ある女性の結末。すべて、人間の精神の弱さ、脆さを浮き彫りにしているようにも思え、私はいつもの「女ってばかよね」という浮いたセリフで、この回を締めくくることができないでいる。 

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