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Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ版ホームズ長編:第35話The eligible Bachelor(The Adventure of the Noble Bachelor)『未婚の貴族』

Sherlock

 正典のThe Adventure of the Noble Bachelor(独身の貴族)は56短編の10番目、ストランドマガジン1892年4月。第一短編集『ホームズの冒険』収録作。依頼者はサイモン卿。結婚式のさなか花嫁が姿を消す。グラナダ版は『The eligible Bachelor(未婚の貴族)』に変更され長編別バージョンに。新潮文庫では(『花婿失踪事件』があったのでペアで)『花嫁失踪事件』になっている。

The Eligible Bachelor (1993) Poster 

 冒頭『A Glanada Film』と映画風テロップが流れ「長編ラスト3部目のグラナダ気魂もついに最高潮」――と期待を抱かせる割に、英・仏サイトは「退屈」評多数。このギャップを検証しよう。

 物語が「冒険/推理」でなく「売れない純文学風」の短編を頑張って2時間枠にドラマ化した感が否めず。ホームズの精神面を描く導入部も新鮮と言えば新鮮でジェレミーファンに初回受けはよくとも、文学、推理小説、なるほどどっちつかずな「中途半端」感が原因か。決定打がジェレミーブレッドの自伝『Bending the Willow』(2002年)Amazon.co.jp: Bending the Willow: Jeremy Brett As Sherlock Holmes: David Stuart Davies: 洋書 「この作品の撮影中は(ジェレミー本人が)あまり状態が宜しくなかった、so wrong ということが至るHPやブログやレビューで既出。『作品の出来はよかった、でもグラナダはホームズを失った』『ジェレミーはこの作品の評価に傷ついた』等。最初私もアマゾンレビュー知ってどうしても手に入れて読みたかったのだけれど当時中古でも1万円越えで買えなかった。今何とキンドルで792円ですと!?

  余談:仏語の今作品テキスト。

 ネガティブ評ばかりでない。仏シャーロキアンサイトには(否、ジェレミーファン)『冒頭シーンもよく、マンネリを避け新たなホームズ像をつくりだそうとしたグラナダスタッフの闘いに敬意』は高く評価されている。純文学世界に映像をうまく利用して、前作よりもよいものを生み出した制作側の努力は形になっている。客観的に見て技術の点で上回っているのは私も同意。

Granada-nobl-23.jpg1)「こんなに美しいなんて思わなかったわ」――結婚前の二人の風景。今回は親族にレディなんたらと主要でないのにセリフ有り登場人物が多く困る。

2)夢にうなされるホームズ――モリアーティー教授との死闘のシーンetc、予知夢?

3)イライラホームズ――くだらない依頼に憤慨というのは『ブナ屋敷』でもあったエピソード。

4) ハドソン夫人。前作で辛く当った埋め合わせか。今回ホームズはハドソンさんにジェントル。「近頃の私は――睡眠を楽しむことがない」弱音まで吐く。バイオリンをかき鳴らし、28分ごろになって「あれ、そういや今回ワトソンが居ない。30分もたつのに何してんのよもうっ」と観ているこっちが苛立ちはじめたころ、ハドソンさんがワトソンを呼びに行ってくれた。「どーひましょ・・・っ・・・」よく見るとハドソンさん、泣いてすすりあげている。

5)フロイトの存在をワトソンから聞かされるホームズ、「夢で診断するのか?夢の科学か」初耳とは信じ難い。水曜会然り。彼の博識情報網に入ってないの??それとも当時はまだメジャーじゃなかったのか。

6)モリアーティーが死んだのが残念でならない――彼には知性もあった、明確なヴィジョンもあった――真に張り合えるライバルを失った、ホームズの叫びが生の言葉となってほとばしるシーンはドキッとする。自分の知性に匹敵するものがない。エネルギーを単にもてあますだけでない、自分が腐って衰える恐怖と焦り。ジェレミーその人と重なってしまい、観ているのも切ない。ホームズほどの人間ですらそれを感じるのだ。人間として、その部分でどっかと安定しているのは、実はワトソンのほうだったりする。この二人のバランスが魅力なんだろうな。

 今回は頼りがいあるワトソン。揺るぎない自信が伺える。

7)街の新聞売りの声『花嫁失踪事件だよ~、花嫁が消えたよ~』。新潮文庫のタイトルはここからか。

8)サイモン卿、依頼に221B訪れるシーン。いい身なり、馬車のブルーの紋章。寝巻で引っ込んで聞いてるホームズが合いの手を入れたり、ハドソンさんとやり取りしたりするのはコミカル。「かすかな寒気が僕の体内を走っている――」全然笑うとこじゃないのに、何故か私的ツボにはまって笑ってしまった。

 暖炉の火と共にホームズ、寝巻姿のままスイッチオン。H&Wの息よし。結婚が「愉快でない」だの「苦痛」だの身勝手なセリフをのたまう卿に、いちいち眉をあげ反応するホームズの心中もあえて言わんがワトソンと視聴者には手に取るように分かるでしょ――というシーン。ハドソンさんの熱いお茶差し入れも優しいのに。

9)Oscar Wilde(オスカー・ワイルド)が、ひとりの妻をなくすのは不幸だが3人なくすのは不注意だ、と言っていたとホームズが引用する。ええっ、それって『真面目が肝心』で有名な(あのブラックネル夫人とかいう人のセリフ)「To lose one parent, Mr. Worthing, may be regarded as a misfortune; to lose both looks like carelessness」片親なくしたらそりゃ不幸だけど、両親ともなくすのは不注意というものですよ」って、元ネタは、あれじゃないの???

10) 雨の中ホームズが飛び出るシーン――好き、嫌い、が両極端らしい。私はどちらかというと後者。ジェレミーさん自身も嫌悪していたとアマゾンなどレビューで。

11)レストレード警部、湯治へ!――今回はレストレードが「湯治」のためレミントンのスパ(温泉)へ出かけてしまったため、モントゴメリ警部が代理で211Bを訪れる。それを聞いた時のワトソンのリアクションと言ったら!1回目、下を向いて笑いを押し殺す。2回目、モントゴメリ警部が部屋を出て言ったあと、ホームズが「のんびり湯につかっているとは――細君同伴だといいが」としらっと。私とワトソン、同じタイミングで吹きだしてしまった。あのシーンだけもう一回観たい。ワトソンというより、エドワード・ハードウィックさんその人が笑い転げてしまったようなほんのワンシーンのナチュラルなツボに、私再び大ハマり。

11)酒びたりミラーさんにジンを差し入れ「それほどまでの愛に値する男か?情熱か?恐怖か。その両方だな」なんて感情系のセリフをホームズに吐かせるとは――。なんてこったい!

12)73分ごろ、いよいよ物語は「転」から「結」へと差し掛かるあたり――。ヘレナの妹の221B独白シーンも良かったし、だんだんホームズの夢とのリンクが見えてくる。『それほどまでに憎んで余りある相手をお持ちだからだ』というのはホームズの本心。ホームズが相手をおちょくるのは敵だけ。誠実で生きている相手には自分の想いを、直球ストレートで返してる。

13)シェリー酒、8ペンス。――これは正典ではラスト近くの会話ではじめて明かされる重要事項。

14)ラストの場面は、ちょっと「ネタ元」が饒舌すぎないか?と引いてしまったがまあ映像だしね。あとホームズものは、本当に必要な時以外は絶対に無駄に銃は使わないあたりも、気に入ってる。(と今気づいた)アメリカ映画にある、射撃バンバン乱れうち~など、実は苦手な私・・・。

14)正典ではホームズはラストでこの事件はわりに面白かったほうだ、と言っていて「一見ほとんど説明不可能に見える事件が、いかに単純でありうるかを、はっきりと示しているからだ」と。最後は珍しくH&Wが女性を伴って観劇へ。なに見てるの?

File:Granada-nobl-26.jpg 歌唱付きエンディングもオペラ風。


The Eligible Bachelor - YouTube