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Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ版ホームズ第6シリーズ 第39話/The Cardboard Box 『ボール箱』 ジェレミー遺作

 56短編の14番目。ストランドマガジン1893年1月号。『挨拶』収録作。依頼者はなんとレストレード警部。ある女性のもとに、切り取られた人間の耳がボール箱に入って送り付けられてきた――というハナシ。

 

 第6シリーズは残り2作品だが、日本版での放映順序が入れ替えられたため、DVD も同じ仕様。英国ではこの『ボール箱』が最後の撮影、ジェレミーの遺作となった。英国では前作「マザランの宝石」撮影中に入院して、退院直後の撮影だったという。

 第5、第6シリーズ初めでは、太ってしまい動きも鈍く(顔もパンパン、薬の副作用のせいと言われている)最後は、病の悪化で急激に痩せてしまった。ジェレミーが亡くなるのはこの1年後、1995年9月12日。(私中学生だった)

1)ストーリー――大幅変更。舞台は夏(8月のうだるように暑い日)⇒クリスマスに。レストレード警部⇒ホーキンズ警部に。「イブに警視庁に遊びに来ないか」とお誘いを受ける。「クリスマスか・・・」物憂げな表情で眼を閉じる、この一瞬のホームズは、ふと胸に迫る印象的なシーン。2つの意味の可能性。世が1年のうちせめてこの日だけはと浮かれている時にも、ヤードですらシャンパングラスが行き交うこの日にも、ロンドンのどこかで悪は確実に存在し、進行し、犯罪は行われているのだ。そのことに想いを馳せて。もう一つは、もしかしたら自嘲かな、と。彼は成人以後、まともに他人とイブなんてお祝いするような趣味は持たなかったであろう人間。英国の人々が、家族、友人、愛する人と過ごすこの日は、彼にとって・・・ま、そりゃ、ホームズだからね、辛くも寂しくもないはずだけれど――やっぱり、一人を感じる一年で唯一の日、普段は感じなくてもいい孤独を感じる日なんじゃないかな、なんて思ったりして。私も15以降は、ずっとそうだからね。

File:Granada-card-13.jpg  ハドソン夫人♪

2)ハドスン夫人にワトソンへのクリスマス・プレゼントが決まらんと口を滑らせるホームズ。彼女に入れ知恵された百貨店の包み紙を抱えて帰って来たのを見て、ハドソンさん黙ってにやっと。こういう221Bの空気最高だった(←既に過去完了形)。

3)いつもの奥の化学実験部屋で、機材をクリスマス風にリボンで飾りつけているホームズ。いい歳した紳士二人がプレゼント交換かよ!(まあ外国じゃ普通よね)

「ハンドルまで届くよ」って、このお医者様、チャリンコ通勤ですか(笑)ワトソンからの贈り物はパイプ。手堅いねぇ。正典に全くないくだり。

 大真面目に赤リボン。ところで英国のクリスマスの祝い方ってどんなだろう。私は昨年フランスの「ノエル」(と呼ぶ)初体験。

4)耳入り小包を受け取った本人のスーザンが直接221Bに相談に訊ねてくるという設定。そして家の裏の納屋で、3人の小包鑑定団。ここの推理過程もお手のモノ。チェックすべきはインクの質、万年筆のペン先、筆跡から書いた人間の性別と教育の程度、箱の種類、荒塩を使っていることから、悪ふざけでないことは断定可、と小気味いい。

正典の挿絵              同場面 

 

 File:Granada-card-14.jpg

5)馬車を捕まえて「飛び乗れ、ワトソン。鉄を熱いうちに叩いておかねば」ってホームズの粋なセリフがあったんだけれど、グラナダはなかったかも・・・(言ってて聞き逃していたら済みません)あとクリスマスで『休日ダイヤで本数が減っている」のに気づいたワトソンに一票!!

6)正典はこのあたりから、一見関係ない出来事が見事につじつまがあっていく例がホームズのセリフや行動を介して語られる。積極的に読者が推理に関わっていく参加型後半戦。に対して、グラナダだと姉妹の愛憎関係がもう一つの見どころになっているので、そっちを理解するのにエネルギーが分散されて、ちょっと映画を見ている感じ(受動的・受け身の愉しみ)の要素が強くなる)

7)「ここがフランスなら情状酌量の余地もあるのだが。愛ゆえの罪なのだから」

8)ラストの雪の中での遺体捜索シーンはグラナダ版の圧勝だ

 最後のホームズのひとことは、正典通り。

(自分訳:少々訳すときに悩んだ箇所あり。字幕はどうなっているんだろう)

「この意味は何だろう、ワトソン。

 この不幸と、暴力と、恐怖の循環が示すのはどんな結果だ?何のためにだろう。

 さもなければ、世界は偶然に支配されていることになる。

 それは考えられない。しかしどんな結末だ?

 ここに人類の大問題がある。

 現在も、人間の理性はその答えを出していないのだ――」

 Incredible!!(信じられない)これがホームズの、いやジェレミー・ブレッドの、我々に残した最後のセリフだなんて。ホームズシリーズ全てを(それは言うまでもなく、ジェレミーの死の直前まで心血を注いだ仕事、人生そのものでもあったわけだ)

 ――総括するにも等しいセンテンスじゃないか。 


The Cardboard Box - YouTube