Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ1-(4)the Solitary Cyclist『孤独な(美しき)自転車乗り』

 56短編の28番目。ストランドマガジン1904年。『帰還』収録作。依頼者はヴィオレットスミス嬢。音楽教師。怪しげな自転車乗りにストーカーされている。グラナダ版邦訳の『美しき自転車乗り』ではこのお嬢さんを指すが、タイトルを素直に訳せば『孤独な』自転車乗り=カラザース氏を表すと私は作品を読んで、また観て、思いを新たにした。(「孤独な」の邦訳採用している文庫も)もう一度、日本語字幕版で細部を検証したい。グラナダ放映1984年年5月。

 ←さあどちらがSolitary Cyclist? ★★★作。

 特筆すべきは、この作品は第一シリーズ4番目だが、撮影は最初であるという点。主要でないエピソードの当作から3話を先に収録し、ホームズとワトソンそれぞれの役者の公私含めた信頼関係を構築した後で、最も重要な初回の「ボヘミア」の収録に入った。 

 *サスペンスでもなく、話にそれほど深みがあるわけでもない。見どころの極めて少ない、たるい話だと思っていた。

 が、初期シリーズの映像としては、H&Wの関係構築や、アクティブに走り回ったりケンカするホームズの姿も見られるという点で、希少価値あり。

 1)おなじみ、正典通りの「化学実験」シーン(写真下・左)から。再現に凝っている。ハドソン夫人も、かのような奇妙な下宿人を抱え、心中お察し申し上げます。依頼人もたがわず怪しげな人々ばかりとくれば、今回、やたらしつこく「レディですわね、至って上品な」と何度も強調するハドソンさんが、妙に可愛い。

 

2)いざレディーをお通しした後が問題。二人のあからさまなボディータッチ。(右写真)『紳士』の立場をあくまで維持しつつ、ホームズ「My Businessですから、失礼」とご覧の通り。嬢は音楽教師で父上が帝劇の指揮者、ここでワトソン反応し、ホームズを見あげる演出もさすが。彼女は頬がぽっちゃりしてあごがとがってホームズ物の中でも「姫・少女系」に属する女性。頬のピンク色も、かわいらしいお人形風ででワトソンは趣味かも、でもホームズの範疇ではない(笑)。

←ワトソンも負けずに参戦、の図。サンドイッチ状態。

3)「TIMES』で」と言っているところは字幕では「新聞で」になっている。ホームズ「私は思いつきは言わん」、以後徹底しているからねえ。例外はつくらない。

4)カラザース氏とホームズが呼ぶ時の(いやあ久しぶりに「ザ」の美しいクイーンズ・イングリッシュの発音を聞いた。フランス語ではこの音はないから)カラザース氏は人のよさそうな、いかにも地元奉仕団体の会計とか執行役員など引き受けていそうな風貌。

5)黒板」と「白チョーク」が懐かしい(もう死語?)。―ー今なら現地からスマホで動画送って、パワポで221Bから一歩も動かず事件解決かも??

6)個人的所感。このお嬢さん、自分でホントに何にもしない。

 その1:金のためとはいえ、嫌な男の出入りする家に、住み込み仕事はまずい。この時点で辞めるべき。雇い主の感情にも気がついていたならなおのこと。

 その2:ストーカーに狙われたら、・まず警察に届けましょう。ひとことの会話も交わしていないなんて。待ち伏せなど生ぬるいレベルじゃなく、ピストル突きつけて「名を名乗れ。誰に雇われている」とか相手を脅す程度のアクションが欲しい。仮に何かあったとしてもこちらには『正当防衛』の切り札があるのよ。

・雇い主に「一緒についてきて。あなたにも見て欲しいの」と言えば、もう一発だったのに(笑)

・警察も雇い主も対応しない場合⇒「地元の酒場」にかけ込むなり、教会だの牧師様だのに(これもビンゴだったのに!)助けを求める。地元青年団、有志らによる「正体突き止め・護身団」を結成。

・そこまで大掛かりなことをして居座る理由がないので(デメリット>メリット)結論として、一刻も早い辞職が最善の策――であったのでは?

7)リッチマンなのに馬車もない――と気づくホームズ、気づかない女。「独断で行動しないように」女には優しい言葉をかけるじゃないですか、ホームズ&ワトソン。

7)床屋の後、ワトソンの失敗をなじるホームズ。聴こえないように憎まれ口を言ったらホームズの地獄耳にちゃんと届いている。このへんの喜怒哀楽っぷりが、初代ワトソンの持ち味。視聴者と一緒になって、ホームズの「マイウエイぶり」に振り回されてくれる。

8)今回の目玉、ホームズ乱闘シーン。例の酒場で。「正当防衛は皆さんが証人」こっちのセリフ、人生で一度でいいから使ってみたい。上着を脱いで、やる気満々のホームズ。ビールそんなに口つけてないですから、ほぼ素面の男同士(笑)あの怪しげな拳まわし、何度見ても笑える。そこへかの有名なセリフ「紳士はストレートだ!」きたあああああ~(笑)既にコメディの域に達しています・・・これ日本のどこかの酒場で言ってほしいわ。“紳士はストレート”・・・不戦勝確実。

  

8)ちなみに酒場で、ホームズがビールを注文し、店の主人に情報を聞きだす姿は新聞記者さながら。入って来た時はディアストーカー(鹿うち帽=ホームズ帽子)屋外アクティブ調査モードだったし。ひと目見て品のいい上着だから、こんな田舎じゃ(サリー州だったかな)、どこぞからやって来た、階級ぐらいもバレバレでしょう、と心配したけれど。

 実際、記者一年目、二年目はこの手法(地取り)で、足を使って自分で現場から有力情報を直接とってくる訓練の毎日。うっかりライバル社とはち合わせちゃったりしてね(笑)ビールの一杯、日本酒の一杯ぐらいでおおよそのことを聞き出せる技術を体得するわけだけど、別に技って程のもんでもないよねえ。推理と分析、これに少しの想像力があれば。これなくして、ただ、飲んで、長いことだべって、仕事したと思っている勘違いだって大勢いる。「酒は飲んでも飲まれない」+ポイントを絞る「集中力」はもっと必要。

9)「ホームズ、傷をワトソンに手当てしてもらう」シーン。ほのぼの。良かったねえ同居人がいて。ホームズは自分のこういうことは、一人じゃ何もしない気がするから。しかものたまっているのが「実に爽快だった」「正と悪の闘い」だのと。で、しまいはワトソンの差し出すウイスキー。

 この回のホントのツボは、H&Wシーンかも。

10)「ついに馬車を買ったか」――何かが気になって仕方ないホームズさん。現場へ二人が駆けつけた時、ホームズが珍しく茶色い皮カバンを肩から提げていたのに私の眼はくぎ付け!ますます新聞記者っぽいじゃん――と思ったら、それは双眼鏡でした。ワトソンに馬を止めろ、だの「Good men 」よくやった、だの、指揮官と化しているあの態度。まあ現場では複数で行動する場合はどちらかがそうでないと困るんだけど。ワトソンも軍隊でそれがよく分かってるし、敢えて兵隊役を買って出ている。

11)走ってる、走ってる、機敏なホームズ、身軽なホームズ、第1シリーズのみですよ・・・。

12)カラザース(人として)アホすぎる。コナン・ドイルもこういう人物を描くって、大変だったろう。

13)警察を呼びに使いを出した後「君たちは私の監視下に置く」って字幕だったけど、ここは「警察がくるまで、君たちの身柄は僕が預からせてもらおう(僕が引き受けた)」ぐらいのニュアンスがいいんじゃないか?いろんな制約があって難しいのだろうけれど。

14)しかしながらワトソン、言うべきことはがつんという。「あまりにセルフィッシュ(自己中心的)だ」とカラザース氏に一言。

 怒ったり、喜んだり、すねたり、笑ったり、いろんな表情が「人間的・ワトソン」と評される、初代ワトソン役者の使命か。大きく見守るのは後期になってから。

15)ホームズさん、あなた、221Bで、また腕まくってましたね。コカインやってましたね?このラストのシーンのホームズ、髪がポマードで後ろに撫でつけていないもんだから、少しふわっと自然な空気をはらんで後ろに流れているだけ。いつもと違う質感。また素敵。

 スプレンディッド!ラストの実験は、あれで(もこもこで)大成功、らしい。終わりよければ、式の、成功尽くしの嫌みのない作品に仕上がっている。

 ちょっと不思議な、作品テーマ曲。


The Solitary Cyclist - YouTube

【追伸】前回ブログでロシア版ホームズについて触れた。面白い。俳優陣スゴイ!撮影はサンクトペテルブルグ。『シャーロックホームズとワトソン博士の冒険』1979年~86のソ連時代撮影で、近年DVD化されたとかで、ユーチューブでアップされまくっている。英語字幕がついているから読める。


The Best Sherlock Holmes was...Russian? - YouTube

 1分少しの所で221Bがでてくる。ロシアっぽい通り!英BBCシャーロック・米国はロバートダウニーの映画から始まって、現在ドラマ(エレメンタリー)、露もまたドラマ制作、と2009年以降、ホームズ再評価の流れが続いているが、このロシア版ホームズ、本場英国で高い評価を得ている。BBCシャーロックの制作者2人とも、このロシア版のファンだったとか。

 では「仏国版シャーロック」の可能性はというと、残念ながらおそらく皆無。フランスのファンは「英国のホームズ」を愛しているわけで、何せこの国には「ルパン」さまがいるのだから。地理的にも(ロンドンとは)近すぎ、あり得ない話――ということにしておきたい。