Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

コナン・ドイルにとっての「書くこと」――今週のお題

今週のお題「書くこと」

  (画像は『海軍条約文書』一場面から)

 独立機運高まるスコットランドだが、ホームズの生みの親、コナン・ドイルはスコットランド生まれのアイルランド人だ。家庭を重んじ、豊かでない家の長男として使命感を持って幼少期を過ごした。

 ホームズに「ベル博士」という、実際にドイルの師であったモデルがいることは周知の通りだが、それでもホームズの性格や行動には筆者自身の考えが映し出されている、と考えるのが普通だと思う。

 ドイルは世間を極めて鋭い眼で「観察」し、分析したと思う。こんな新聞記者いたら、同僚にすれば心強いが、敵にすればちょっと厄介な男だ。

 と、元新聞記者が思うのは、ドイルは「一般市民(市井の人々)に対しての圧力、公権力の過度なふるまい」に対し、怒りを持って書いたと、感じるから。

 彼は「小説」という形でしか書けないもの、それを全てホームズに託した――といったらちょっとカッコよすぎるか。だってドイル本人は、ほんとうは歴史小説を書きたくて、小銭稼ぎの大衆向けホームズなんかかいてたらいつまでたってもそっちの時間が割けやしねえ、と、ホームズを滝に葬ったり、あの手この手で、何度もシリーズ終了を試みているのだから(笑)

 でもドイルは一貫していた。国家の“マツリごと”を行う立場の人間に対して、容赦ない眼で「観察」し、批判の精神はうまく物語の中の誰かに語らせた。

 『独身の貴族(グラナダ版:未婚の貴族)』では、ホームズはアメリカ人にキッツイ一言をさらりと浴びせる。「僕はアメリカ人に合うのが楽しみでね。というのは、かつて君主が犯した過ちや失政にも関わらず、いつか我々の子孫が英国と米国の旗が組み合わさった国旗の世界市民になることを願う一人ですから」

――――うぉおお。何たる皮肉。ドイルの愛国心は、18世紀、英国の対米外交失策により深く傷ついた。本来協力し合うべき両国が分かれ、敵対し、第二次英米戦争も、為政者の愚行としか思えなかったのだろう。

 『独身の貴族』はグラナダ版では長編として100分ドラマになっている。これは英国の元貴族と米国の鉱山王の娘との国際結婚話が軸だが、ドイルの痛烈な皮肉が書かせたであろうことは、正典(原作)のほうを何度も繰り返し、繰り返し読まないと、分からない。

 ドイルは結局最後まで「歴史小説家」たりなんと願ったが、そちらの方面ではまるで評価されぬまま、「ホームズの生みの親」として今世紀もなお世界中に知られてしまった。どうも本人は、納得がいかないらしい(笑)

     ドイルの墓にはこう刻まれている。

 『鋼(はがね)のごとき真実、剣(つるぎ)のごとき道徳』

         アーサー・コナン・ドイル
       ナイト爵、愛国者、医師、文学者
      1859年5月12日 - 1930年7月7日

 書くという行為、それは、そもそも鋼のような真っすぐさで『ほんとう』を探求する覚悟のある者だけのものだと、ドイルを読んで、私は思う。 

 

 書こう。書き続けよう。お金がなくなって、異国で野たれ死ぬまで。