読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

グラナダ1-(5)The Crooked Man『曲がった男』

Sherlock

 56短編の20番目。ストランド1893年、『思い出』収録。バークレー大佐殺人事件。意識不明の夫人の口走った“デイヴィッド”とは何者?事件の奥には30年前、植民地インドで起こった悲劇があった――ミステリーでも推理小説でもなく「歴史と人間を描いた作家」として、私がドイルに深く感銘を受けた一作。あわや私的「まだら越え」の感もある、深みの一作!!グラナダ41話の中でも、映像化にしてドライアイの私の涙を誘ったのはこの作品だけ。

  

 「まだら」「緋色」「署名」「バスカヴィル」「最後の事件」etc、ホームズ有名どころ上位10作品までなら観てる、読んでる、さらには高校の英語リーダーのテキストだったから原文で暗記してるし、という最強のアナタ。超穴場傑作たる本作品、あまりにランキング過ぎて「小説」としての「コナン・ドイルの本気度」を分かち合ってくれるヒトがいない。ぐすん。

*************************************

 今回は週末マジモード(笑、なんじゃそりゃ)撮影小ネタ+ストーリー字幕感想の二本立てで参ります。

 【撮影秘話】その1:コックス監督は、当初本作に興味を示さず「ライゲート」を先に、と考えた。でも第3話「海軍条約」アラン・グリント監督が「セポイの乱」を撮りたい~と駄々をこねてみた。(つまりこの作品)第1シリーズの中でも、毛並みの違った、いい意味で視聴者の気分転換になるとついぞ押し切られGOサイン。すると今度は、映像化に当たって変更を加えたコックス監督vs正典を愛し、忠実な再現を求めた「ジェレミー・ホームズ」との対決が。結局ジェレミーが折れた。

 秘話その2:インド時代回想シーンに出てくるバザールは、グラナダTV(マンチェスター)の地下に作られたセット。

 秘話その3:脇役が実は大物=夫人とウッド伍長のやりとりを見ていたモリソン婦人役は、Fiona Shaw( フィオナ・ショウ)という女優さん。1958年生まれで、この後、ロイヤルシェイクスピアカンパニーの看板役者を射止める。シェイクスピアもの舞台が多く、オリヴィエ賞を3度受賞、2001年に大英帝国勲章受章の大物ぶり。

 ←容赦ない質問にどぎまぎ答えるこちらがフィオナさん

 秘話その4:前線戦闘シーン。撮影所(マンチェスター)から東南へ、チェシャー州・オルダーリー・エッジというところでの、極寒の撮影だったらしい。秘話以上。

***********************************

【字幕版感想】

1) インドを回想しつつきびきび歩くワトソンさんは心なしか軍隊時代っぽい。(見たことないけど)。ホームズ、本心はあまり乗り気じゃないね。ワトソン君が行けというから来たけど、という感じ。後ろからとぼとぼと。しかもほっそい。気に入ってます細すぎる初期ジェレミー。全身ステッキみたいな(笑)

2)crooked4なので少佐に対しても、のっけからつっけんどんな態度で押しまくるのが小気味いい。時間は有効に。位はあれど、国の権力側の人間と話をしているわけだから隙は見せない。この時の質問の内容、仕方、ポイントはさすが絞り込まれているなあ、と思う。

3)家のメイドの名前は「ジェーン・スチュワート」。正典も確認。バークレー大佐がジェーン、と呼びかけるところが一か所あったので。(奥様が奉仕から帰って茶を頼むところ)

 ←証拠品ステッキを振り回す。

4)ホームズ、バークレー邸の現場視察。参考人からの事情聴取はいつも通りのテンポで良し。無駄なし。

5) 例の動物を推測するシーン。この乙女座りは足が長いから出来るのよ。ポーズの決まるホームズ。窓の外へ出て芝生を走る、走る、走る。身軽で機敏なホームズ。かのお姿は第一シリーズで見納め・・・。

6)奉仕施設で「曲がった男」とナンシー・バークレー夫人の再会を目撃したモリソンさんの証言。バークレー夫人が It’s an old acquaintance of mine who has come down in the world と言ったそうな。字幕は「(古い知り合いです)辛酸をなめた」となっていた箇所で、違和感を感じた。30年ぶりに衝撃の再会をした二人、ものの5分もしない中、相手の壮絶なまでの来し方を聞いたばかり。30年の紆余曲折を「辛酸をなめた」などという一言でぱっと切れるか?(しかもそれは自分への愛ゆえだったりする)そういう相手に、この日本語は出てこない、私なら。例えば・・・「ええ、昔の知り合いなんです――大変お辛い経験をなさったとかで・・・」ぐらいか。

7)(ムガールの人はご難=1857、ヒトハゴブナン:セポイの乱)ですね。ほかドイルは『四つの署名』でこの歴史を扱い、圧倒的な時代の力の中での人間模様を描いた。

8)39分からの告白はぐっと迫る。しかも男の若い頃は、率直で、嘘がつけず、自分に厳しく他人に誠実ゆえに損な役回りばかり負わされてしまう、学生時代の後輩、ヨシヤマ君(仮称)に顔も、人となりもそっくりでないか!(笑)どこかで、元気にやっているといいのだが。今も彼の夢を追い続けていると、いいのだが。ヨシヤマ。

9)人は、憎しみだけで生きられる。「そんなことない」と言うのは、復習したい相手を持ったのことのない、ある種のしあわせな人たち。

10)誰でも人は、この「曲がった男」になりうるのだ、と思う。たまたま、運よくなっていないだけで。

 *いちおうそれほど後味が悪くないのは、男とナンシー・バークレー夫人が30年ずっと、変わらないものを持ち続けた、基本的に「きれいな」こころの二人だったからだろう。それは出会った瞬間の双方の反応で明らか。結果としてはまあ若干出来過ぎ、都合良すぎ、の部分はあるにせよ――過ぎた年月はあまりに長かったのか、それとも短かったのか。

 *なるほど、ラストのひっかけはバットシェバ。ちなみにホームズがこの時言っているサムエル記、当のダビデは『断食』するので知られる。

 この話はどういうわけか、各国でアニメや児童向け絵本が多いが、ほんとうに、どうして???そんな単純な、愛と正義と「裏切りはイケません」って話じゃないと思うけど。

 

The Crooked Man 1/6 - YouTube

  ぜひこの秋は、ホームズ好きのあなたも、まだまだはじめての方も、このマニアックな物語の「ヒューマンなうねり」を、味わってみてください。