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Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

BBCシャーロック1-2『The Blind Banker/死を呼ぶ暗号』 シャーロックの孤独思考の変容

Sherlock

  グラナダホームズからすっかり浮気しBBC現代シャーロック。特にシーズン1・2は当時DVDで英ー仏版で繰り返しみていたので、初・日本語字幕の感想は「言っているセリフ(に含まれる情報の)取捨選択がいかに難しいか」。画面上制約のある中、何を捨て、何を拾うか、映像翻訳の技量が問われるのかも。


The Blind Banker | BBC Sherlock | Sherlockology

 フランスでも人気らしいこのドラマ、ググってみると平均的レビューこの「第2話」は「1話にちと劣る」書き込みが多いかも。アジア系のネタがベースだから?レストレード警部も兄も登場しないから?(笑)私には以下2つの点で興味深い回だったが、確かにセクシー度は低めかも。

【1:シャーロックの孤独思考の高まりと変容】

 私はこの回の隠れテーマは『それまでひとりでやってきたシャーロックの孤独⇒ジョンという友人をたまたま得てしまい、他人に頼るのも悪くない=癒されたい思考が高まり、自分のペースが瞬間的に乱されつつある男』の精神的あがき過程にあるとみた。

 シャーロックが「I need your help」(君が必要)とワトソンに口走る芝居がかったシーンもあるが、良く見ていれば第2話は、冒頭からずっとこの伏線が張られている。「BBCの造り上げたシャーロック像」人格解析するには、謎解きやセクシー度に振り回されすぎずに済む、うってつけの回かも(笑)。

【2:ロンドンからみたアジア】

 ロンドンもパリも、欧州屈指の「アジア人街」を抱える大都市だ。パリに中華系のコミュニティはいくつかあるが、例えば私が日曜朝に(たまたまダンスで)通っている13区、イタリー広場周辺地区はパリ市内では最大か。(以前記事でアップ)

 多人種、他民族の雑居が極めて日常たるロンドン。英国人がアジアをみるとこうなのか、とそのあたり若干アンチな感想を持つ人もいるかも知れない。が逆に私は「脚本良く描けているなあ」と感心してしまったぐらい。

 正典でいうとこれは『踊る人形』(The Adventure of the Dancing Men)』を根幹に、『恐怖の谷』(The Valley of Fear)も絡めた感じか。では以下、ポイント感想を。

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1)セルフレジシーン。日本でもだいぶ普及しているのでは?パリは当然の如く。だって普通にレジで並んだら最後「大晦日の買い出しか?」というほど皆揃いもそろってすごい品をカートに入れて平気で待っている。ペットボトルの水一本買うのに、冗談でなく20分待ちなのだ。

 ――そして――誰もが使えるはずの、そのセルフレジにすらバカにされてるマーティンさん、ホビットくん、いやジョン。(可愛いなあ。なんというかとても魅力があって。)前話のラストではシャーロックの命を救ってあげた張本人というのに(笑)

2)シャーロックの格闘術の稽古風景。これもボケっと見ていないこと。(←と、自分に言い聞かせる)今後の物語の暗示。すばやい動きは、やはり相手の先を読む「推理」と「分析」の一つの訓練なのでは。

3)ジョンのパソコンのパスワード、簡単に見破ったシャーロック。In a manner of speaking. Took me less than a minute to guess yours, not exactly Fort Knox.って言ってるけど字幕はまさか全訳されているわけもなく。「フォートノックス」って言うのは米軍用地のことで=「安全とは言えないぞ」という言い回し。さらりとくぎを刺してる部分はカットされて残念。ここは「お子ちゃま状態ダダこねシャーロック」が、複雑な心境を隠しつつ、同居人を試している段階がよく描けているのだけれど。それと一分もかからずに解いたよ、と言っているジョンのパスワード番号が気になる!!

4)ヤードの建物内、洗練されまくり。

5)同様に、ロンドンの街、投資銀行、図書館、全ての風景が、古く・歴史芸術重視のパリと比べて、合理的・機能的かつ「インテリジェンス」に溢れている――もう後悔と衝撃で居てもたってもいられずパソコンを叩き割りたい発作が(笑)隣の芝生は紺碧の青、青、真っ青。

 6)犯人は左利き、という推理の論拠をまくし立てるシャーロック。SH:「もっと聞きたい?」ジョン:「充分だ」SH:「(せっかくだから)最後まで言わせろ」これまで私はこういうふうに理解していたのだけれど、この掛け合いのところの字幕がたしか微妙だった気が。(⇒つまりシャーロックは相手の反応がどうであれ、こっちの能力を誇示したくてたまらないわけで、その辺の俺様ぶりをたったこれだけの会話で、ニュアンスで含めるのは至難の業だ)

 7)中華街、ジョンと二人で入った雑貨店。「招き猫、奥様にどう?」と女店員に勧められるが、アレ?せっかくこの路線なんだから「彼氏にもどう?」ぐらいで、視聴者の期待を裏切らないように。

8)ジョンが帰ってくるなりSH:「I said, could you pass me a pen?」(ペンをとってくれないかって言ったろ?)―JO:「え、いつ?」SH:「一時間前」なんというか2話目にしてシャーロックの弱み見たり、という感じ。ほんとうは甘えたくて仕方ないのにとりあえずこういうものいいしかできない。仕事どう?なんて、英会話の例文みたいな(笑)意味のない雑談を持ちかけてみたりとか。

9)ひとりで思索、ひとりで行動、ゆえに今回、いろいろと空振りが多いシャーロック、というのを視聴者にだけ見せる。ジョンのほうがあまり気づいてなさそうでシャーロックのせっかくの「トモダチ」申請もあっけなくジョンに間髪いれず「コレッグ(同僚)」と言い直されていたり。

 シャーロックが「コンセントレイト!(集中しろ)」と現場に残された文字を思い出すようにひとりマジになっちゃうシーン。ジョンを掴み、怒鳴るのに、実はジョンのほうがちゃっかり携帯の写真に収めてたりして。中華街の店をこともなげに特定したのはジョンの持ってきた殺されたルーキスの手帳だったし。こういう小さな「え、早く言えよ」「なんで分かった?」的な積み重なりが今回、幾つも幾つもあって――「ひとりでも出来るけど、ひとりより二人がいい」思考が、まさかのシャーロックの口から――冒頭の「I need your help」(君が必要)に繋がる。その過程が、着実に、描かれているのではないかと。

10)手柄を警部に惜しげもなく譲るのは正典通り。権威ある側に対してはいつも通りの強気の反応。だからこそ頼りたい、支えて欲しいという「負」の部分を、唯一、こいつならと思える他人に、見せてみようかと反応実験を試したのが今回。

 前回第1話のラストで、ジョンの勇気と行動力、加えてある分野の事柄に関しての腕前は実証済みなのだ。(総合的頭脳で劣るとしても。)これまでずっとひとりでやって来たシャーロックだからこれからだってひとりで充分。

 でもそんな彼に、はじめて危険を冒して助けてくれた人間が現れた。彼は「相棒」というはじめての他人の存在を、多少自分もがまんしたり、痛みを引き受けたり、修正を余儀なくされることと引き換えに、受け入れてみることを「実験」し始めたんじゃないか。 

 人を変えるのは、人だけ。人に出会ったことのないじぶんは、こころからそう思う。