読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Entre la poire et le fromage 

『洋ナシとチーズの間』 パリのよしなしごとを徒然なるままに

《フランス料理考 その1》 「美食」は人生のヨロコビ――

 ユネスコを持ち出すまでもなく、フランス人にとって「美食」は純粋に人生のヨロコビの一つなのだそう。それって日本で生まれ育って、中学で既に3食『カロリーメイト』を愛用し、塾に部活に図書館に走り回っていた私にはワケワカメだなあ・・・。時間がないなら、お隣、女王様のいる国みたいにサンドイッチでいいじゃん、ダメなの?

 この国に来て思ったのは、「料理は芸術なんだ」ということ。優れた絵画や音楽、舞踊、その他もろもろのアートと同じように。一対一で真剣に一皿と向き合い、あるときは全人格をかけた戦いにもなる。当然、食べる側も作る側も、資本主義競争の中での、一つの「歴史」・「社会文化」現象なのである。

 フランスには「グルマン」(美食家)という呼び方があって、ざっくばらんに言うと「食いしん坊」。どこかにある番組のタイトルみたいですが(笑)夏に法律で5週間のバカンスが決められているこの国の人々、余暇に、美食に、人生の愉しみを追求することにあっては一切妥協がない。そのために生きているのだといわんばかりに、正々堂々、ゴーマンそのものの彼らの姿はある意味、文化的差異を超えて敬称に値する。志あるところに道有り、彼らのそんな「食」に対する執着の数だけ、この国の料理は天から地まで、一流からビッグバンまで、実に様々なんだ、という「多様性」を一つキーワードとしてあげておきたい。

 フランス料理?高校の頃見た『王様のレストラン』(注’日本のテレビドラマー1995年)以来かなあ。一応、前菜(アントレ)からデセールまでの流れは知ってるよ。ほにやららのナントか煮でしょ、××の○○風、某ソースがけでしょ・・・いやいや、そんなシャンデリアのお部屋でお姫様に出されるようなシーンを想像しなくても大丈夫。映画じゃないんだから。この国にやってきて驚くのは フランス人って、実は以外と素朴な食料が好きなんじゃん?? ということ。四六時中なんとか風ソースとにらめっこしているわけではない、だってここは知るヒトぞ知る『農業大国』でっせ。

 むしろその「郷土料理」、豊かな地方色にこそ、フランスを読み解くヒントがあるのでは?そう思い立った筆者kotorio、ついぞ調査に着手した。(・・・のが先月末。そしてあっという間に料理ブログに早代わり、という次第なのです)

 例えていえば、日本だって東京と私が学生時代足繁く通った長野県の山奥とは、生活習慣も文化も食べるものもそりゃ違いますよね。私は15のときにシベリアの森へ行って、そこで「ウォールデン 森の生活(岩波文庫 上下)」という本を読み衝撃を受けて、あの頃は私も将来隠居して、外国の森の奥深くで、毎日書き物をしながらイチゴジャム作ったり、きのこ採ったりして自給自足の生活をしようと夢見ていました。ようはウォールデンの女版、みたいなことをしたかったわけですが。しかし大学生か少なくとも20代になると、「いや、そんな社会的引きこもりの思索生活にあこがれては元も子もない、取りあえず生きなくては」みたいなことになって、現実生活の波を乗り切るため、可及的速やかに「森の生活」構想は私の脳内デスクトップからは強制一時的スープリメ(仏語で『削除』)されたわけです。

 と、ハナシがそれてしまいましたが、フランスだってパリと田舎じゃそれこそパスポートが必要かってぐらい、ぜんぜんまったくひっくり返るぐらい違います。南と北、山岳部と海岸部、スペインよりの地方からドイツに近い地域までーーー

 実は当方、2000年代の真ん中あたりでナップザック一つで欧州放浪の旅をしていたんですが、フランスの田舎って、ほんとどこへ行っても違う国みたいで、飽きなかったですねえ・・・。「何もない」ことでより深く探せるというか。

 村のどこへ行っても子供たちが走り回って、木の実を取ってきて、白髪の、人のよさそうなグランマ(おばあちゃん)がケーキだのお菓子だの作ってる・・・みたいな。ここはイギリスか?『魔女の宅急便』とかに出てきそうな、映画のセットでは絶対にありえないこの日常的な、フツーの雰囲気。そこには新聞や写真やネットでは伝えきれない「これ」があった。なんだか分かりますか?

 『におい』なんです。雨上がりの土のにおい、ジャムを溶かす甘いにおい、きのこのにおい、秋のジビエ(家禽類)を調理するにおい・・・阪急六甲の駅でよく遭遇したイノシシとはわけが違うんです(昔、院生時代、六甲の坂道の途中、阪急六甲の駅付近できまってイノシシの親子が山から駆け下ってくるのにぶつかった。ウソじゃないです)

 さてハナシを戻して。既にブログ記事で触れましたが、フランスではリヨンのポール・ボキューズはじめ、一流の料理人男児たるもの、揃いも揃って地方出身でございます。良家の息子さんとか、小さい頃から外交晩餐に出る皿を味わいつくして創作に至った、という事例はほとんど聞いたことがありません。みな海の近く、あるいは山の近く、リヨンや内陸の伝統料理を身近で味わいながら、四季折々の自然の食材を一杯に感じて育ってきた人たちなんですよね。彼らは別に「美食家」だなんて名乗りもしません。ただ、それぞれの家庭の味、地域の味を思いっきり小さい頃から味わって、その「におい」の中、強烈な記憶とともに成長してきたんです。

 それにかなうものがあるだろうか、って思います。これがフランスの、一般的な家庭の素顔だとしたら、宮廷・外交料理はフランスの、ちょっとおしゃれを決め込んだ、特別な日の装いです。それはそれで、また別の、ハナシ。

 そんなわけで、一般のフランス人がフツーに家庭で食べるようなメニュー、つまり先祖代々、親から子へとつながれて来たレシピを中心に、「帰りたい」ような郷愁溢れる、演歌みたいな食事を探ってみたい、と思ったんですね。スーツを着込んで年に一回、気合を入れていかなければならないような高級レストランはあくまで「特別な行事」であって、それだけがフランス料理じゃない。彼らの真の日常に近づき、彼らの思考・文化をより親しみをもって理解するための立ち居地として、じぶんはこの「ブルジョワジー」(つまり一般市民階級。自分が属するところの)を選んだつもりです。

 次回以降、フランス各地の名高い「郷土料理」をもう一度地方ごとにおさらいしてまとめて行きましょう。日本で「フランス料理」といえば高級料理のことを指すーーそのイメージだけじゃ悲しい。あまり雑誌やマスコミで伝えられることのない、各地域の歴史と伝統の豊かさ、広がりを、私と一緒にのぞく旅に出てみましょう。